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【お知らせ】アメブロに完全移行いたします

  「俺のミッション 中国ビジネス三都物語 執筆エピソード」ブログをお読みくださり、誠にありがとうございます。  かねてより広報して参りましたが、当ブログをアメブロへ移行しております。  以降、google bloggerでは投稿を控える予定です。  是非とも下記URLへのご来訪、及びフォロワー登録をお願いいたします。   「俺のミッション 中国ビジネス三都物語」裏話ブログ (ameblo.jp)  ブログの主目的は、拙著に書ききれなかった深いノウハウをお伝えすることにありましたが、言語とか失敗話とか複合して投稿しています。  ご興味おありの部分、覗いてやってください。  皆様のご健勝とご健康を祈念申し上げます。

華南代理店会議in海南島三亜

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  2002年12月31日から2003年1月2日まで家族と海南島で過ごした主人公荻村は、  「2~3年の内にここで華南代理店会議を行う!」 と心に誓うのでした。  結局、2003年度は京信深圳販社が立ち上がったばかりなので事務所会議室で、2004年度は西安で行いました。  西安は秦の始皇帝陵兵馬俑で有名ですが、いずれ詳細を記すことにします。  2003年8月末には債務超過に陥りますが、その後日本からの輸入製品が通関し始め、首の皮ひとつで資金ショート回避、キャッシュフローがみるみるうちに改善していきます。  荻村は2004年当初から様々な拡大打ち手を仕掛けます。  金がないと投資ができないことは言うまでもありません。  2004年~2005年の営業所進出は5箇所、京信華南販売キャンペーンなども実施しまして、勢いを増していきました。  そして、2005年の7月、念願だった海南島三亜での華南代理店会議を実施するのです。  (この頃、代理店を特約店と言っていたようです。) 旅費は全て京信深圳で負担します。  代理店もですが、随行する社員も大喜び、本部である上海からもプロダクトマネージャーらがわんさか押しかけてきました。  7月2日会場のホテル入り、翌日朝、ゆっくりめの会議開始、午後3時頃には終了させ、宴会までホテルのプライベートビーチなどで過ごしてもらいました。  7月3日会議の様子↓    ホテル周辺や7月3日会議終了後のひととき↓みんな嬉しそう。  モーターパラグライダーに乗っているのは主人公荻村です。  操縦者に  「危なくないのか?」  聞きましたが、  「完全没問題。」 とのことで乗ってみました。  なんとも言えない気持ちの良さでした。  500元です。  7月4日は全員で三亜から更に南の孤島へと船で行きます。  更に海の水がきれいになりました。  会議より懇親の目的の方が大きいと思われます。  翌年度は華東代理店会議も海南島で行うことになりました汗   「真似するな!」 と言いたいところですが、代理店さんらに喜んでもらえたなら先陣を切った甲斐がありました。  ではまたお会いしましょう!再見!

海南島旅行with来期計画

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  「海南に行かなければ(自身の)身体がよくなかったことに気づかない。」  前回紹介いたしました。  今回、海南島に関する裏話その1をお伝えいたします。  2002年12月30日(月)、拙著「俺のミッション」主人公荻村の妻恵子と娘が遊びに来ました。妻は2度目、娘は初めての中国です。  12月31日は日本では大晦日で既に年末年始休暇に入っている会社が多いと思いますが、中国は旧正月を祝いますので、国家カレンダーとしては就労日となります。  京信中国は会社方針で大晦日を休みとしておりました。  12月30日(月)は出勤日です。その年、京信日本も出勤日でしたが、その当時年末の最終日は午前中出勤、最後の1時間机周りなど掃除して12時に終業という慣例となっていました。何かうきうき感が漂っていました。  30日の午後3時頃家族が空港に着く予定で、荻村は朝から事務ワークをしておりました。  すると11時ちょっと前、日本本部から山ほど添付ファイルのついたメールが送られてきたのです。  悪寒を感じながら開くと、   to:海外法人拠点長   title:来期(2003年度)計画策定指示   from:本部長 でした。  荻村が担当した京信深圳は現時点では香港法人の連絡事務所に過ぎませんが、来年度からは法人として独立するため、京信のグローバル連結決算対象になり直接指示が来たわけです。  本部の担当者は12時にみんなと一緒に「ご苦労さん会」に行くため、大掃除はサボってぎりぎりで送信のエンターをしたのでしょう。中国との時差は+1時間となります。  担当者はメールを送信した瞬間、  「今年も終わった-!さあ、ご苦労さん会にレコード大賞、紅白歌合戦、行く年来る年、元旦だー!」 となんとも言えぬワクワク感があることは荻村も昨年までの経験上よく解っています。  しかし、受け取った方は年末年始気分は吹っ飛びます。  荻村は営業戦略などは十分策定できる自信はありましたが、P/L(損益計算書)、B/S(貸借対照表)、C/F(キャッシュフロー)を誰にやらせるか?悩みました。  本部からのシートはグローバル会計基準に沿っています。  中国当局に提出する財務諸表は中国の会計事務所に作ってもらいますが、会計基準が違います。  赴任時、深圳駅まで迎えに来てくれた張は出納係で財務ではないので  「財務専門家を...

重慶に行かなければ結婚が早すぎたことに気づかない

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  中国語の試験の話題が続きました。  中国語の関連ネタをお伝えいたします。  試験には出ないと思いますが、こういうことを知っていると中国人とすぐに仲良くなれると思います。  「おまえは中国通だ!」 と褒められます。  「重慶に行かなければ結婚が早すぎたことに気づかない。」  中国語で  「不到重庆不知道结婚太早。」  恐らく全中国人民が知っている言葉です。  「俺のミッション」の主人公荻村は、赴任2-3ヶ月後、当時の営業部長RZから昼食に重慶料理店に誘われ、この言葉を聞きました。  RZは京信深圳では唯一の東北は黒竜江省出身で、彼だけ中国語の発音が教科書のようでした。背も高かったです。  どうやら  「重慶には美人が多く、重慶に行ったら自分の結婚を早まった、ことに気づく。」 というような言い回しのようです。  重慶は元四川省で現在は北京市、上海市、天津市と並び中国の直轄市となっています。  美人が多い理由ですが、重慶の料理は唐辛子と花山椒をふんだんに使い、とても辛くしびれるのですが、この作用で痩せ形かつ色が白い美人さんが多い、ということです。  (「辛い」は「つらい」とも読めますが、常用漢字表では「からい」となっており、「つらい」はひらがなで書くことが一般的なようです。)  確かに荻村の知り合いの駐在員も 「重慶の女性が一番いい!」 と言っていた人も数名いました。  ↓百度で「重庆 美女 (重慶 美人)」で検索した写真を拝借します。  四川省の省都である成都の料理も大体同じなのですが、火鍋を食べ比べますと成都の方が油が多く、重慶は唐辛子の純粋な味で食べさせているような気がします。  せっかくなので写真を掲載しましょう。  荻村が最後に重慶を訪れた2020年9月のものです。  上から「重慶のストリート火鍋屋」「九宮格火鍋」「夜の長江(揚子江)」です。↓  「九宮格火鍋」とは鍋が9つに別れており、具材別に煮込むことができます。  まるで地獄で沸騰している血の池のようです汗  お子様用(素人用)の鴛鴦(おしどり)火鍋はここで注文する人はいません。全部激辛です。  鴛鴦火鍋は真ん中で2つに別れ片方が辛く片方が辛くない鍋のことです。↓  重慶でこれを頼むと軟弱者にされるのではないかと想像できます。  油碟と呼ばれる小さいお椀に香油とニンニク、パクチーを入れ、付けて食...

中国語の試験についてⅡ~HKS(漢語水平考試)

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 前回は日本中国語検定のことを中心に書きましたので、今回はHSK(漢語水平考試)について経験を語ってみます。  筆者は2011年に再び上海に赴任、しばらく中国語を使っていないので、2012年にHSK5級を受けてみました。  何故5級を選んだか?と言うと、最上級の6級の問題を見たらあまりにも難しかったので5級にしておいた、という理由です。  学習の仕方ですが、自分に合ったやり方があると思います。筆者の場合は  「生成効果」 と呼ばれる、いわゆる問題解きですね、これが最も集中できるので試験を受ける状況に身を置くのがよいと自己分析していました。  5級は正直簡単でした。  過去問を解いてみて、コレは問題ないな、と思いました。  なめていたので、時間をきっちり制限しての練習はしませんでした。  ところが阅读(リーディング)だけは問題数が多く、しかもじっくりやり過ぎて3割くらい残してしまったのです汗  その結果、リーディングがぎりぎり60%、リスニングは90%位だったと思いました。  日本中国語検定2級と同じ難易度の問題かもしれませんが、全て中国語なので、少し面持ちが違いますね。  ただし、HSKは3科目(听力(リスニング) 阅读(リーディング),书写(記述))で合計300点満点中180点取れば合格です。正当率平均60%でよいのです。  日本中国語検定2級はリスニングと筆記、共に70点以上の正答が必要です。  この差は非常に大きいですね。  よってHSK5級より日本中国語検定2級の方が合格するのは難しいのではないでしょうか?    HSKの試験会場ですが2012年当時、上海交通大学の教室でした。↓  申込みはinternetで行えるのですが、受験料支払いは会場まで行かないといけません。  そして成績表を受け取るのも会場まで来い、ということです。  結果、3回も行ったことになります。利便性が悪い。  (2017年HSK6級を受験した時には1回で済みました。受験料をどう支払ったのか?記憶がありませんが、既にスマホペイだったのか?銀行振込だったのかもしれません。)  筆者が受けた5級の教室には20名程いましたが、みんな中国人のように見えました。  受験監督に中国語で語りかけ、普通に質問していました。  恐らく華僑ですね。会話はできるけど漢語の読み書きが苦手なのかもしれません。  当...

中国語の試験についてⅠ~日本中国語検定

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 このブログに中国語とかHSKなどの検索で入って来られる方もいらっしゃるらしく、中国語の試験について経験を語ってみます。  今回は著者はやぶさひろの実体験としておきます。  拙著「俺のミッション」の主人公荻村淳一は2002年から2010年まで深圳にいた設定ですが、著者は2002年から広州、2005年末頃、上海へ転属しました。  荻村と同じように有名大学で外国人へ中国語を教えていた先生から厳しい指導を受けていました。  赴任当時、windowsは既にマルチ言語対応していましたが、使用していたメーラー(notesというintranet)が追従しておらず、最初1年は中国語を手書きしていました。  これが功を奏して簡体文字が書けるようになったのかと思います。  日本文字より簡単なのでメモを取るのにも便利です。  ちなみにガラケーでの短信は英語か中国語しかできませんので、中国語短信の発信件数は毎月1,000件ありました。1件0.1元で毎月短信代だけで100件支払っていたのです。会社の経費でしたが……  1年後にnotesがバージョンアップしマルチ言語対応になってからは、PCメール書きにも拍車がかかりました。  中国語の構文(文法)をマスターし単語を組み入れていったので、コロケーションがおかしいのもありますが、取り敢えずよく通じます。  メールを使ったら通訳いらず、というか通訳を介すよりも速く正確でした。  さて、当時日本中国語検定は広州では受験できませんでした。  上海への転属後、2006年春に2級を受けてみたのです。  過去問も2-3年分やっていましたが、とても簡単に感じました。  HSKと比べ文法が重要視される問題が多い印象です。あくまで2級の場合です。今まで仕事のためやってきたことがそのまま活きた感覚でした。  そして日本語から中国語、中国語から日本語の問題もあるので、日本人が受けるには実践的ではないでしょうか。  受験した感触は  「もしや満点かな?」 と楽観視していました。  しかし結果は「リスニング」「筆記」共に80点くらいだった記憶があります。  共に70点以上が合格です。「共に」がHSKと違うところです。  著者は「円錐六十号~円錐角膜の話」で書きましたように、眼が悪いので細かい認識をしづらかったのですが、日本漢字と中国漢字で微妙に違うところがあるのです。  ...

中国での誕生日パーティー

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  みなさん、こんにちは。はやぶさひろです。  今回は101回目の書き込みになります。気持ちを新たに中国での誕生日パーティーの思い出を記したいと思います。  2004年2月のことです。  深圳での会社設立時の困難を脱出し、精神的にはかなり回復していた頃でした。  「今日は誕生日だから定時に帰るよ。」 と当時の秘書に何気なく語ったのですが、  「誕生日パーティーをしましょう!」  こう言ってくれました。  事務所にいるマネージャーらも参加してくれるとのことで、近くの韓国料理店(焼き肉屋ですな)で会食することになりました。  ちなみにですが、こちらでは誕生日の主である荻村がご馳走することになります。  ケーキはその日に予約して「荻村」の名前入りで用意してくれました。  ケーキの写真を下に付けましたが、その頃のは凄い色で、  「身体に悪そうだな~」 とか思ったりもしました汗  上の写真はちょうど拝んでいるように見えますが、手拍子です。  「ハッピー・バースディ・トゥー・ユー」 の中国語版を唄っています。  誕生日は中国語で  「生日」  そう、「誕」がありません。  「祝你生日快乐,祝你生日快乐,祝你生日快乐,祝你生日快乐。」  ※「快乐」は「快楽」です。  同じフレーズを4回繰り返します。  「dear Ogimura san」 という3回目のフレーズも「祝你生日快乐」となります。  何歳になっても祝ってもらうと嬉しいものです。  それから17年、中国駐在最後の誕生日は2021年2月のある日でした。  総経理職権濫用?で、自身の誕生日に次代コーポ広州分公司の年会(忘年会)を実施しました。  というのはジョークですが、僅かな期間に2回も宴会をやってもらうのが大変だからです。  2020年1月1日に京信上海販社・北京販社・深圳販社を統合し、ひとつにいたし、特に深圳販社メンバーは大量に解雇、人を入れ替えておりました。  下の写真をご覧ください。 ↓審判を下す前の深圳販社メンバーの様相とは打って変わって、皆、素直で嬉しそうです。  いい雰囲気の組織になりました。 ↓忘年会なので広東エリア恒例の子豚の丸焼きという縁起物も出ました! ↓やはりケーキを用意してくれました笑  「荻村总经理  生日快乐~荻村総経理 生日快楽」とチョコレートで書かれていますね。  次代広...