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銀行のキャッシュカードがなくなったら

 前回、銀行のATMで「カードが呑み込まれた」「紛失した」などについて語りました。そういった際リカバリーが非常に面倒臭いのでご紹介いたしましょう。  昨今はスマホアプリのwechatペイ(微信支払)やアリペイ(支付宝)で支払うことがほとんどなのですが、念のために現金も持ち歩きますし、日本に帰国する際、元を引き出して円に両替することもあります。   現金だけ取りカードが呑み込まれた場合、ATMに「3日後以降に身分証明書を持って**の店舗に来い」と貼り出されています。遠方でも出向かなければなりませんし道端の無人ATMの場合、どこかの店舗が指定されます。  もちろんは外国人はパスポート持参が必須です。  銀行の窓口はジャラジャラと呑み込まれたカードの束から探し当て、身分確認やパスポートのコピーを取り、こちらのサインもしっかりさせて返却してくれます。ただ呑み込まれてから返却してもらうまで、もちろんATMは使用できません。通帳もないので窓口での引出しもできないでしょう。 紛失の場合はもっとやっかいです。 荻村が最後に紛失したのは、蘇州営業の史や上海営業部長の徐から本社社長へ「荻村が悪いことをしている」というメールを飛ばし、出張からそそくさと帰宅、地下鉄中山公園駅のATMでカードを抜き忘れ何者かに三千元引き出されてしまったときです。カードは持ち去られたようでした。 銀行窓口に紛失の届けを出し、まずはそのカードを失効させてもらいます。同時に再発行の手続きをしますが、「二週間後に来い」と言われます。二週間カードが使えない、お金が下ろせない、ということになります汗 次回持参するものとして「パスポート」の他に「日本での公的な身分証明書も持ってこい」、と言われます。例えば「驾驶执照(運転免許証)でよいのか?」と聞くと「可以(いいよ)」と答えました。これは中国工商銀行の場合ですが、銀行や窓口によって違うかもしれません。 この位のやり取りができない人は、日本語のできる社員や知り合いに付いてきてもらわなければなりませんが、みっともないのでできるだけ自分でするべきだ、というのが荻村のポリシーでもありました。 二週間後、ようやく受取りに行けるのですが、二週間現金を下ろせないのは精神的にはヒヤヒヤものでした。が、その頃は既にスマホ決済が普及していたので他者から現金を借りずにすみました。 赴任...

踏んだり蹴ったり 銀行ATM ~迷宮入り

 これまでに上海販社で起こった二つの不正事件に関し詳細を述べてきました。  その過程で荻村はとんだ失敗を犯すのですが、その話も迷宮入りになりました。ここでご紹介しましょう。   「俺のミッション 第四章『酔爺之意不在酒』~緊急会議」の出だしは下記のようになっています。  >> このメールを受け社長命令で本社人事執行役員山口と法務責任者が翌週である二〇一八年三月中旬月曜日上海へ飛んでくることになった。 二〇一八年三月中旬、董事長の森下、荻村、長谷川、欧陽らが同席する中、緊急会議が始まった。 まず人事役員山口から質問が発せられた。 >> 原稿ではひとつのエピソードが紹介されていたのです。削除した部分の色を変えて表現します。 >> このメールを受け社長命令で本社人事執行役員山口と法務責任者が翌週である二〇一八年三月中旬月曜日上海へ飛んでくることになった。 この不正社員二人からのメールが社長に発信された時、荻村は広州へ出張中でその週末は深圳で全国各地の日本人卓球クラブ対抗戦が開催されるため、自費で週末の予約を入れていた。荻村は上海Aチームで土曜日午後からの団体戦、日曜日の個人戦に参加させてもらう予定だった。しかしこのようなことで本社役員が来ることになり、その準備をするために土曜日試合を棄権して泣く泣く上海へ戻ったのだ。 そればかりではない。上海中山公園駅に地下鉄で到着し、駅に設置してある中国工商銀行ATMで千元引き出した時、この件を激怒しながら回想していたためにお金を受け取った後、カードを抜くのを忘れて去ってしまっていた。中国のATMは日本と違い、お金とカードが一緒に出て来ず連続取引ができる。数秒間一定時間操作がなかった場合は安全のためブザーが鳴り、カードが飲み込まれてしまう仕組みである。 お金を取り出して数十メートル歩いたところでふと携帯の短信着信を見ると、三千元引き出したというメッセージが届いていた。あれ?千元じゃなかったかな?嫌な思いを振り切ってその上のメッセージを見たら千元の引き出しも確かにあり、ほぼ同じ時刻に三千元も引き落とされていた。荻村がカードを回収しなかったのを見て、何者かが三千元おろしカードを持ち逃げしたのだ。 そのすぐ近くに工商銀行の店舗があり、慌ててそのことを説明したら 「すぐ警察に届けろ」 ということだ。おまけに 「あの古い機械で不幸中の幸い...

嘉興代理店と無錫代理店からの反逆 ~迷宮入り

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  これまでにダミー代理店「嘉興代理店」及び「無錫代理店」を使った社員による不正について詳細の解説をしてきました。  両社に対し「出荷停止処分」「2018年3月末日での代理店契約解除」を行いましたが、これらの対処に対し「分かりました」と黙って引き下がるはずなどありません。  拙著では削除しましたが両社からの攻撃をご紹介いたしましょう。  まず、嘉興代理店の報復です。  中国で有名なSNS「新浪微博(中国語版Twitter)」や「QQ(テンセント提供)」上で 「次代コーポレーションは酷い会社だ。長年真面目に販売してきたのに不当な理由で契約解除された。こんな会社の製品は使うのを止めよう!」 と不買運動を呼びかけます。  同時に次代本社社長や幹部社員に 「これまでよい関係にやってきたのだから、最後もよい形で終わらせるべきだ」 という優等生的なメールを送ります。これは『自分はこのように穏やかでよい人なので悪いのは荻村だ』ということを潜在意識に植え付けようとしているコミュニケーション・ストラテジーだと思われます。  次に無錫代理店です。  彼らは二度アポなしで次代上海販社に乗り組んでくることは拙著に書きましたが、その後すぐに彼らの顧問弁護士から荻村の元に弁護士レターが届くのです。  キャプチャーは2ページ目です。1ページ目には「無錫代理店はいついつ代理店になり、こんな顧客を開拓し、支払いも滞らず、まじめにやってきたが、不当な扱いを受けた」ということが長々と書かれています。いつものことです。  2ページ目には「利益損害を被った。1千万元(現レートだと約2億円)弁済しろ。本件3日以内に回答しろ。さもなければ裁判所に提訴する。そちらの商売上の信頼にも重大な影響が出るぞ」と脅し文句が綴られています。  荻村はすぐに自社の顧問弁護士に相談、逆に弁護士メールを打ち返します。「不当な方法で不利益を被ったのはこちらの方だ。損害賠償請求権はこちらが留保する」との内容です。  結果的にこの一撃でおとなしくなりました。  しかしながら2018年3月及び4月上旬出荷した製品の支払いは、聞いたこともない銀行が降り出した手形(裏書き手形もあり)を何度も差し出してきます。「受け取れない」と突っぱねますが同じ事を繰り返します。回収できたのは半年後でした。嫌がらせです。  もしかしたら政府から認可され...

紹興営業員「何」の告白書

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  「俺のミッション 第二章『姑息養姦』~証拠固め」で「何(カ)」という紹興営業員が登場します。紹興とは紹興酒で有名な浙江省の都市です。  ちなみに紹興酒というのは一つのブランド名で、あの種の酒は総称して「黄酒」又は「老酒」と言われています。原料は一般的に「餅米」です。  何(カ)が徐から脅されている、という告白書を書いてくれたことで荻村の徐排除決行の気持ちが益々強くなった訳ですが、今回何(カ)が書いてくれた告白分を特別お見せしましょう。登場人物の場合「何(カ)」とルビを振ります。何(カ)という姓を使わなければよかったと筆者は少し後悔しています汗  達筆すぎて?読めない漢字が何個かありますが概略で訳してみます。タイトルは「状況説明」と書かれています。  「徐は私と約束し**(地域名の漢字が読めない)で会った。徐は私に『今回のことは他人へ知らせるな』と言った。徐は次のような要求をしてきた。『以後、紹興地区での客先状況は徐へ単独かつ直接報告しろ。(上司である)俞(ユウ)には言うな。これは私(何(カ)のこと)と組んで俞をやっつけることが目的だ』  俞は何(カ)の上司である杭州営業所長です。  徐は更に何(カ)に「俺の誘いを断ったら次の労働契約更新時に解雇する」と脅していたことは拙著に書いています。それでも何(カ)がここまで協力してくれたのは、荻村が徐を排除してくれるという期待感の他、何(カ)の徐に対する嫌悪感が非常に強かったことが考えられます。「差し違える」だけの覚悟がないとここまで協力してくれません。  その際、荻村は「徐の目的は紹興地区の商談情報を先に入手、何らかの方法で横取りしアンダー・ザ・テーブルをもらおうとしている」と確信しています。何らかの方法とは「手下である胡や史の支配する会社経由で」という手口だったことは後から分かることです。  この確信は間違ってはいませんでしたが、実はその時気づいていないことがありました。  「第五章:答非所問~ブルータス、お前もか!」に書いた内容となります。実は俞も一部の杭州代理店と結託し自身と関係の深い上海の某商社経由で顧客を奪っていたのです。  徐からすると何(カ)を自分の仲間に取り込んで俞を蚊帳の外にすれば、不当に横取りできるエリアが増え私服が益々肥える、ということになります。  まとめると下記のような勢力図になります。...

無錫代理店事件の真相Ⅱ 史の蛮行

 前回、無錫代理店事件の真相をチャート図でお伝えしましたが、今回はその続きで無錫営業担当者史の蛮行について記載いたします。   無錫代理店→史商会→風之達→無錫設備でがっぽり利益を抜かれているカラクリを見抜いた荻村はある出勤日の土曜日に、史に上海へ来るよう指示します。ところが当日ドタキャンされました。すっぽかすことを中国語で何故か「鳩を放つ」と書きます。  証拠がないので懲戒解雇はできません。しかしこのような危ない輩に営業させておくのも脳がありません。労働契約のエリアは無錫なのでロケーション異動させることもできず八方ふさがりにも見られます。前任岡田の取って付けたような策(一人オフィス出店)には何度も痛めつけられます。とにかく特別価格の申請をさせないようにしなければ!必死に考え抜くとアイデアが出てきます。「技術支援部無錫駐在へ異動」という辞令を通達で知らせました。実はこれも労働契約上、かなりグレーです。営業職ではなくなるので本人の了承が必要と判断されるかもしれません。  ちょうどその日は荻村がパスポートの更新で上海日本領事館へ行っておりました。会社に戻ると人事の江薇が困ったような顔で「あ、総経理、お帰りなさい。実は史が現れ激高して事務所でもう1時間も怒鳴り散らしています。欧陽さんがずっと対応しています。仕事を邪魔するのも彼の目的です」と言います。  「俺の部屋に連れてこい」と命じると史・欧陽・江薇の三人で入ってきました。そこで史はまた大声で騒ぎます。欧陽が更にでかい声で対応します。史は荻村に「客観的な事実でもあるのか?主観的な事情で異動なのか?客観と主観の明確な違いは何だ!」とわめきます。「ここは総経理室だぞ。黙れ!貴様から客観とか主観とか教わる必要はない。従わなければ業務命令違反で懲戒処分にする」と伝えると、まずは「分かった」と部屋を出て帰って行きます。これ以上やると流石に懲戒処分もやむを得ない、と判断したのかと思われます。  史がいなくなると日本人駐在員の井筒と山崎は「本当に大変ですね」と頭を下げました。総経理室の外まで奴の大声がこだましていたようです。「よくあることだ」と強がりますが、荻村の怒りは頂点に達していました。  まずは新たな特別価格申請を食い止めることはできましたが、一人無錫において真面目に仕事をするはずがなく自分の支配する史商会で商売をするで...

無錫代理店事件の真相Ⅰ チャート図説明

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  「俺のミッション 中国ビジネス三都物語」の上海での二件目の事件として掲載した件です。中国ビジネスにご興味のある方のため解説いたします。  業界最大手無錫設備への販売価格が80元なので、無錫代理店へ70元の特別価格を提供したのですが、実際には無錫設備に150元で販売しており、ごっそり利益を抜かれていた、という記載をいたしました。そしてこの茶番は上海営業部長徐が自ら無錫代理店を担当しての単独犯というストーリと描写いたしました。  原稿ではもっともっと複雑な手口でしたが、読者が理解できなかったり、これ以上悪人が増えると食傷気味になる方もいらっしゃるだろう、ということで思い切り単純化した次第です。  今回は草稿にしたためた内容をチャート図で紹介いたします。  実は無錫には一人オフィスの史という若手営業員がおりました。胡と共に徐の仲間です。狡猾な者同士、とても仲良く見えました。無錫設備は業界最大手に成長し有名な企業で、古巣京信の中国no1顧客との噂もあり、荻村としても何とか攻略したい存在でした。  そこに徐経由で耳寄りな情報が飛び込んできました。無錫設備での大口切替え商談です。非常に安い価格要求でしたが使用数量は半端でないため荻村は自ら顧客へ出向くことにしました。その時同行したのは無錫営業員史、上海営業部長徐、そして日本語がうまく技術力もある技術支援部長WYです。WYは人柄もよく見え荻村は信頼していた人材です。無錫代理店とその協力者という風之達(カゼノタツ)という商社の人も一緒でした。  顧客は購買部長に技術部長らが面談に参加しました。中国では自社の歴史を誇らしげに説明するのが一般的です。儀式が終わり荻村はずばり「決着の条件は何か?」尋ねます。顧客は「価格だ」と言います。WYは競合を持ち出し「その価格は妥当だ」と言います。その後、森下董事長も同じメンバーと共に顧客へ伺っているのですが無錫駅でWYが森下をコーヒーに誘っている内に、徐・史・無錫代理店・風之達らがコーヒーには付き合わず、コソコソ話をしていたそうで「怪しい」と言っていました。しかしながら特別価格を却下するまでの客観的事実はなく、代理店価格70元まで譲歩し結果80元で決まった、という報告がありました。  WYの行き末は別途ご紹介します。  結果的にこれが史を解雇する要因になったのでよしとしましょう。と言いま...

公安に拘留された日本人スタイリスト

  前々回理髪店での注文は難しい旨、お話ししました。 https://hayabusahiro.blogspot.com/2022/08/blog-post_22.html  今回は荻村が中国で最後に通っていた理髪店のことです。  2019年その年末の深セン販社清算、広州分公司設立という大イベントの準備のため、広州に引っ越してきた荻村は理髪店を探します。広州から帰任した知り合いが行っていたところがあるとの情報を得て早速予約してみました。  沖縄出身というスタイリストが対応してくれましたが、ここはシャンプー用の椅子がマッサージ式になっておりなかなか嬉しいものでした。  二回目か三回目だったでしょうか?荻村は卓球の練習で右手首を痛めテーピングをしていて、「どうされました?」と聞かれ事情を話しましたら、「自分も若いとき卓球していたんですよ」とのことです。早速毎週末行っている広州チームの練習会に誘いましたが、理髪店は週末は休みでなく、平日の夜、個別にやろう!ということになりました。  初回は荻村がお相手しその後のビールも盛り上がったはずです。二回目は荻村が行けなかったので別のメンバーNさんが19時半からお相手することとなりました。  グループチャットでは18時頃、「19時半に行けます」とスタイリストから確かに書かれていたのですが、20時半頃Nさんから「来られないので引き上げます」と少し寂しそうなメッセージがありました。「連絡なしでずっと待っていたのかな?」と不思議な気分でした。  その週末の練習時にNさんに聞くと「連絡なく来られなかった」と物静かに言います。「社会人としてどうなんかな?」とも呟きました。その後二週間彼から全く連絡がありませんでしたので逆に心配しておりました。  約二週間後「公安によって拘留されていた」という連絡が入り驚くことになります。営業許可なしで理髪店をしていたことが原因でした。身柄拘束されたのは卓球練習予定の夕方、18時過ぎだそうです。一見の顧客らしき人が二人入ってきて、「今、理髪してくれないか?」と聞かれその日本人スタイリストがカットを開始した瞬間に現行犯逮捕されたとのことです。ライバル理髪店の通報かもしれません。  釈放後の練習会後酒席で、みんな興味津々で聞きます。  「独房ですか?中国人と一緒の部屋ですか?」  「便所はどんな感じですか?...

交渉下手の日本人と偽物市場でのお話

 前回偽物のお話をいたしました。  主人公荻村が有名な偽物市場へ行った時の逸話をご紹介します。   荻村は偽物どころかブランド品にも興味がなく使い勝手がよければよい、という性格です。趣味は卓球でゴルフもほとんどしません。  中国の大都市にはコピー品を販売しているエリアや商業ビルがあります。ごくたまに行政によって閉鎖させられてしまう場合もありますが、これは政府の一種のパフォーマンスで、またどこか違うところで再開するのが普通です。  今回、地域は伏せますが赴任後四年も経って一度もコピー品市場に行ったことのない荻村は、社会勉強ということで覗いてみることにするのです。  あるは、あるは、バッグも洋服も時計も何でもあります。  「ロレックスの時計だよ、安いよ!」と呼び込みが連呼します。  「安くて当たり前じゃないか」と心の中で呟きます。  店員によっては日本語で、「ニセモノ、ヤスイヨ」と言ってる人もいます。  ゴルフ製品の店に着きました。  「PINのゴルフクラブセット、4,000元だよ!要不要(いかがですか)?」と声がけするお兄さんがいます。  「4,000元で2setなら買うよ」と言うやいなや  「OK!今からこいつらはお前のものだ!」と荻村にバッグ二つ渡します汗  もう交渉終了です。こちらから要求して売り手は受入れたのです。ここで「やっぱりいらない」と言うと中国の掟に反するような気がした荻村は観念しました。  「しまった!4,000元と言われたらまず『500元でどうだ?』くらいからスタートさせなければならなかった」ということは後の祭りですが思い出しました泣 そうすると相手は「开玩笑(カイワンシャオ)~冗談だろ!」とまずは言い「3,500元でどうか?」と少し下げてします。  「ふん、じゃいらねーよ」と何の未練もなく去るポーズを取ります。すると彼らは追いかけて「3,000元!」ときます。そこから少しずつ下げたり上げたりの交渉となります。これを「讨价还价(タオジャーホアンジャー)」といいます。日本語では値引き交渉ですかね。中国人顧客は遠慮というものがないので非常に強気です。日本人は大阪のおばさまを除き、まーダメですね。荻村は単身赴任でしたが、筆者はやぶさひろは後半妻が帯同しており、この手の交渉はこちらがうんざりするほど執拗でした汗  結構安くなった場合、彼らは「アイヤ...

偽物のお話 ご注意を

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  第一章で荻村が深センに着いたときに目にした「SONYの腕時計」や「HONDAに見えるHAODA」のバイクのことを紹介しました。更に「WINDOWSやMS-OFFICEを5元で買ってきて深センオフィス社員全員がインストールしていた」ということも書きました。当時WINDOWSだろうが映画だろうがコピーCD全て一枚5元でした。ディスク代と設備&手間代なのだと思います。  更にこのブログでも大手代理店が京信ブランドの偽物を販売した事件にも触れました。その際、荻村の秘書がルイビトンのコピー品バッグを持っていたため責任追及できなかったのです。 https://hayabusahiro.blogspot.com/2022/08/blog-post_4.html  この国では偽物なしでは語ることができません。  まず上の図柄をご覧ください。イタリア発祥の有名スポーツブランド「Kappa」の公式ロゴです。背を向け合った二人は実は「アダムとイブ」、Kappa(カッパ)はギリシャ文字の「k」の読み方で、この文字は天にかざした手のひらの形を表していて、その姿が勝利に喜ぶ人の様子を想像させることで「勝利」を意味しているようです。  では次の写真をご覧ください。  「Kappa」と思いきや「Kpapa」と書かれています汗!何と読むのでしょうか?「ケパパ」でしょうか?日常的にこういうものが溢れているので発見する楽しみもありました。  「アダムとイブ」や「旧約聖書」の神聖さをも恐れぬ精神、たくましい限りです!しかも失言かもしれませんがユーモアもある。。。。  工業分野では京信や次代の偽物も多く存在していました。電気系は浙江省の温州という市が偽物生産の集積地です。  公安は取り締まりに動いてくれます。WINDOWSの件もありますし、これ以上知的所有権の問題を放置するのは国際的にも恥ずかしいとの認識があるのでしょう。京信時代荻村のところに「この製品は偽物ではないか!?」と駆け込んできた顧客がいました。その情報を元に荻村が動いて一件解決することができました。  深センにも電気街(昔の秋葉原の電気街集合ビルのようなところ)が偽物をよく売っています。駆け込んだ来た顧客はその某店で偽物を掴まされたと言います。予行演習で違う店に入り「京信の○○はあるか?」と聞くと「本物なら***元で偽物は**元だ」...

理髪店は難しい 短一点

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  荻村より半年後に赴任してきた物流系企業の総経理N氏のことです。この企業へは日本からの製品空輸を依頼しており、N氏とは飲み友達でもありました。  知り合って間もなく  「荻村さん、散髪屋で『少しだけ短くしてください』は何と言ったらよいですか?」 と聞いてきます。  「『短一点(ドゥアンイーディエン)』ですかね」 と答えるとメモに書きました。  次回N氏に会うと彼は妙にサッパリしています。  「あ!結局スポーツ刈りにしたんですね!」  「はい、荻村さんに教わった『短一点』のメモを渡したら、こうなりました。いきなりバリカンでしたは!」  涼しげな顔で答えました。暑いからこれでもいいや、という感じでした。スポーツ刈りにしたことのない荻村が逆の立場だったら激怒していることでしょう。  荻村は家庭教師の麗老師にこのことを話しますと、吹き出して笑いました。「短一点」は「短くしてください」ということ。「少しだけ短くしてください」は「剪一点(ジエンイーディエン)」とのことです。少しだけ剪ってください、ということですね。  併せてスポーツ刈りは「平頭(ピントウ)」といい現在非常に流行っていることも知らされました。そういえば会社にも多いな、と納得しました。  荻村は一時帰国時には理髪店に行っていましたが、中国で剪るときはちょっと高級なところにしていました。衛生面のこともあります。当時は道端系で15元の床屋もあり、京信上海のある日本人駐在員はこういうところに行っていたそうです。  こちらの美容院の場合、チャージ式のカードを作らされるのです。それがないと異常に高くなります。2-3千元チャージさせられて、すぐに閉店してしまったところもありました泣  荻村は「短一点」の教訓を他山の石として(失言!)「自然剪一点~自然に少し剪ってください」という文節をすぐに覚えました。しかし「耳に少しだけ被るように」とか「もみあげはどうのこうの」「前髪は眉毛まで」という細かい注文はかなり難しかったようです。ちなみに整髪料を付けて指先でつまむセット方法は中国では「抓(ジュアー)~掴むとか捕まえるの意味」と言いますね。  中国は日本とは違う髪型が流行っています。下の写真はここ5-6年位の流行でしょうか?  荻村は京信深セン時代最後の頃、例の2-3千元チャージさせられたスタイリストに当時流行っていた髪型にさ...

主人公が借りた広州と深センオフィス

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 今回、広州分公司と深セン営業所のオフィスを写真入りでご紹介しましょう。  「第八章 一網打尽~ミッションコンプリート」で少し紹介したのですが、2019年12月31日で次代深セン販社及び広州営業所は業務停止、2022年1月1日に次代上海販社広州分公司とその深セン営業所を開設することが決まっていました。  深センオフィスも広州オフィスも2019年12月中旬に賃貸契約が切れるので、心機一転、両方とも新しい事務所でスタートしたかったのです。拙著に書きましたが「深セン事務所にいると便所に閉じ込められているような気分になります」と上海の人事社員も申していました。その原因は社員の態度もありますが事務所も日系メーカーが入るようなところではなかったのです。元倉庫街、という感じでした。2017年12月に荻村が命じて開設した広州営業所もエリアとしては悪くないのですが、安っぽいビルを選んできたのです。前任の岡田が安ければ安い程よい、という運営をしていたのかもしれません。そういえば当時深セン販社の金総経理は「岡田は小気だ」といつも言っていました。「小気」とは「ケチ」ということです。  共に2020年1月か2月まで賃貸契約を伸ばせられれば1-2ヶ月は家賃が重複してもよいと思いましたが、こちらでは1年未満の賃貸契約はあまりなく、現在の賃貸契約終了と同時に新しい事務所に引っ越す、という綱渡りで行くことを決心します。  こちらでは一般的に入居時「装修(内装)」をやり直します。出て行く時に原状回復し箱だけにしていくのが普通だと思います。すると契約期限の3ヶ月前には新らしいオフィスの契約を結ばなければいけません。現地人だけに任すと利権が働くので広州オフィスについて荻村は自ら動くことにしました。日本女子卓球有名選手の冠スポンサー企業でした。内装のデザインは二業者に依頼し比較もしました。次代の決裁権限規定でテナント賃借は2年分の総費用なので、かなりの金額となり財務担当取締役らの回議の上、社長決裁となるので隙のないよう細心の配慮が必要になります。原稿では「総経理の俺が何でこんな事務作業までやらされるんだ!」と涙がちょちょぎれるシーンがあったのですがカットしました。  深セン事務所は信頼する唐に動いてもらいました。元々の深セン販社事務所のあった福田区ではなく、現在IT企業の集積となっている南山区でこぢんまりし...

筆者が妻のお茶目な友達を殴りそうになった事件

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  今回は主題のエピソードなどをお届けします。  主人公荻村は中国へ単身赴任でしたが、筆者は後半妻が帯同しました。荻村と同様不正と対峙しており報復の恐怖を感じながら過ごしていました。自分への報復より妻へのそれが心配でした。  また、こちらでは宅急便などでものが届く際、箱の中に送付案内など気の利いたものを同封する風習はありませんし、送り状に書いてある送り主も知らない人の場合が多いのです。仮に代理店の総経理が新茶を送ってくれたとしましょう。その代理店の会社名や総経理の名前が書いてあれば分かりますが、秘書の名前だったり、それがイングリッシュネームだけだったりするとさっぱり分かりません。筆者は家に何か届くとドアの外で恐る恐る開けるのです。  妻はバレーボールやバトミントンのサークルに入っており、ある会員の送別会に参加するとのこと上海中山公園駅付近の日本料理屋へ向かおうとします。筆者は心配なので店までSPとして付いていくことにしました。すると後ろから「わっ!」と言って妻の後ろに飛びつこうとする輩が現れます。「ヒットマンだ!」 筆者は思わず間に入り殴りそうになりました。相手は日本人女性で目をむいて驚いています。その人はバトミントンサークルのお茶目な友達だったそうです。  後ろからこっそり近づいて驚かすのは止めておいた方がよいと思います汗  「俺のミッション」の話に戻ります。  次代コーポで最後のミッションを遂行するために主人公の荻村は広州に引っ越ししますが、アパート選びの最大の要件は「セキュリティ」でした。賃貸のタイプとして「オーナー物件」と「サービスアパートメント」のタイプがあり、不動産屋から「どちらがよいですか?」と必ず聞かれるのですが、赴任直後は意味が分かりませんでした。オーナー物件は部屋毎に個人投資家などのオーナーがおり、その個人と契約します。サービスアパートメントは一般的に建物全体をデベロッパーなどが経営・運営しています。オーナー物件はセキュリティが甘く部屋までデリバリーが来ます。サービスアパートメント、特にホテル形式の場合、受付までしか部外者は入れません。  写真上が荻村が入居したかなり新しいサービスアパートメントで、下は実際に住んだ部屋のベッドルームです。  ここは香港系でしたが新しい経営方式で部屋それぞれにオーナーがおり、荻村のような長期契約が中心ですが...

自分の評価が低いと噛みついてくる社員

  一般的な企業は「目標による管理(俗にMBO~Management By Objectives)」制度を導入し、半年か一年タームで回していると思います。まず自己評価、その後直属の上司、最終考課決定者、という順序です。この評価で昇給・昇格・賞与などが決まる企業も多いことでしょう。  売上高や利益額など、客観的なデータで現れる項目は誰が評価しても同じようになるのですが、主観的な目標項目の場合、こちらでは全てS(スペシャル)の自己評価を付けてくる人も多いのです。  2016年3月末、つまり日本の会計年度でいう2015年度の最終評価は荻村の前任総経理であった岡田が担当しました。  「荻村君、この評価が一年の行事で一番嫌なんだよ」  「何故ですか?」  「直属の部長さんクラスに総合評価でA未満を付けると、部屋に乗り込んできて『何故Sじゃないんですか!?最悪でもAだ!』と延々と主張するんだよ」~直属の部長クラスは大概英語か日本語ができるので直接交渉に乗り込むのです。  「嫌なら辞めろ、でいいじゃないですか?」  「荻村君、何てことを言うんだ!ここは京信とは違うんだ!辞められたら困るじゃないか!」  「……(全然困らないと思いますがね)。で、どう対応してるのですか?」  「結局、押し切られてA以上を付けさせられるんだよ」  「……(そんなことだからつけあがるんですよ。大体それでは公平な評価でなく、この制度を運営する意味がありませんよ)」  荻村はあっけにとられました。空いた口が塞がりません。人事考課の教育を受けていないのか?本社がしてこなかったのか?最悪な管理者だ、と心底思いました。  2017年3月末、つまり2016年度の最終評価は荻村が行います。上海営業部長の徐には前年度「A」から「B+」を通り越して「B±」にしてやりました。京信では二段階以上変化すると人事への説明が必要になる規則がありましたが、次代人事制度にそのようなものはなく楽でした。しかし予想通り早速徐が総経理室に乗り込んできて日本語で騒ぎます。  「何故私がB±なんですかっ!ずっとSかAだったんですよっ!」  「それは岡田さんが評価制度の本質を理解していないからだと思う。B±は部長としての役割期待を達成している、ということだ。部長としてAなら期待以上で、すぐにでも副総経理に推薦できるし、Sなら総経理をやって...

上海ショウキに初めて訪問した時の逸話

  代理店である上海ショウキが胡商店から買っている発票を提供してくれたことが裁判勝訴の最大の証憑になったのですが、荻村が初めてショウキを訪問したとき、非常に異様な雰囲気を感じていたのでご紹介しておきましょう。  2015年荻村が次代コーポ上海販社に着任してから2ヶ月経過した頃です。居留許可が下りパスポートも戻ってきたので、いよいよ本格的な活動ができます。まずは上海近郊の代理店回りをすることにし上海営業部長の徐、営業担当の胡と3人で上海ショウキに訪問しました。  中国では相手のメンツを立て歓迎モードで迎えてくれるのがごく普通なのですが、ショウキの総経理は非常に難しい顔をしています。訪問前にショウキの販売状況を荻村は調べており従来は上海トップクラスのセールス量だったのが、2014年度からがた落ちになっていることに気づいて理由を尋ねてみたのです。  「次代コーポのやり方では拡大はできない」  「その証拠に新しい代理店を作っても伸びていないではないか」  「次代から直接買うより他の代理店から買った方が安い」 こんなことを何度も語ります。  荻村もショウキ総経理の言葉を聞き取れており、徐は人ごとのように直訳していました。(やはり徐は改善しようとする意思はないな)心の中で呟きました。その間、担当者の胡は他のテーブルに座りその場に居づらそうな雰囲気で顔を赤らめながらおどおどしていたのが妙に引っかかっていました。  荻村は「ショウキは他の代理店に顧客を奪われ怒っているのかな?」「小さい会社だし営業活動に難があるのをメーカーの責任にしているのか?」「何か当社側に不当なことでもあるのか?」判断が付かない状況でした。が、徐が会社のことなど考えていないということは確信できました。  2018年1月22日徐との労働契約を解除した翌日、ショウキの総経理と営業責任者は手放しで喜んで徐や胡の不正を暴露してくれたことで、ようやく初訪問の時の異様な雰囲気の理由が理解できたのです。チャート図でも説明したように徐と胡は自身の利益のためショウキへ不当な取引を要求し、断ると制裁していたのです。  2014年度からショウキへの売上げががた落ちになったと書きましたが、つじつまがピッタリ合います。2012年徐が営業部長として入社、胡が接待攻撃をして2013年から共謀が始まり、ショウキへ特別価格の見返り要求や...

発票(ファーピアオ)とは

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  拙著の中でも「発票(ファーピアオ)」について何度か記載しています。イメージが沸かない方もいらっしゃると思いますので、キャプチャーで説明いたします。  これは次代コーポレーションの主人公が帰国前、広州のアパートを引き上げ、最後の引継ぎのため上海に二週間宿泊したホテル宿泊代の発票です。  日本のように文房具屋さんで売っている用紙に勝手に書き込めばよい、というものではありません。中国税務当局によって管理されるものです。日本のように勝手に発行できるものは「収据」といいますが、経費精算などはできません。単なる「お金を受け取った」という個人的な証拠に過ぎません。  このキャプチャーは「上海増値税専用発票」と書かれています。「専用発票」と「普通発票」に分類されます。筆者の理解では専用発票は500万元/年以上の事業主、普通発票はそれ未満の小規模事業主が発行するはずなのですが、よく「専用発票と普通発票どちらがよいか?」と聞かれます。「何故両方発行できるのか?」矛盾と疑問を感じるのですが、ここでそういうことをいちいち気にしていると、調べ物だけで24時間/日では不足します。  この発票を発行するとその情報は税務局に瞬時に飛び管理されますので、脱税することは不可能ということになります。ちなみに日本の消費税とは少し性質が違います。  税率はこの宿泊費は6%で、総額7,500元(内増値税424.53元)となっていますが、一般的な製品やサービスの増値税率は13%です。2019年3月までは17%でした。個人消費者は発票を必要としないことが普通ですので、飲食店などはその分納税を逃れているのではないかと想像できます。発票が不要なら*%安くする、という店もあったりします。  2018年4月からだったでしょうか?ホテルや飲食店で「発票(ファーピアオ)」と要求したら「シュエイハオ」と言い返されるようになりました。突然のことに何のことか分かりませんでしたが「税号」と言っているようです。発票のキャプチャーに記載されている「纳税人识别号(納税人識別号)」のことでした。登記している法人の納税者番号のことです。従来は会社名だけでよかったので名刺を出していました。  納税者番号など覚えているはずありません。18桁もありますので覚えるのも不可能というものです。そこはスマホ時代、企業登記情報を閲覧するアプリで確...

係争するべきなのか?+採用や社会保険の話

  前回、胡との係争(労働裁判)をお伝えしました。  人事から「労働仲裁から『また貴社の社員が駆け込んできましたよ』と言われます。係争が多いと応募者が減るので…」と進言されましたが、荻村には信念がありました。「隙あらば不正を働き私服を肥やそうとしている応募者から敬遠されるだけで逆にありがたい」と突っぱねました。また取引先である日系企業の多くから「次代コーポのように不正にとことん対応する企業の製品を使いたい」とも言われ自信を深めていました。  ただし提訴するには多くの時間や弁護士費用を使います。これで敗訴したら踏んだり蹴ったりとも言えるでしょう。ですので拙著にも書きましたが、中国のエクセレントカンパニーは不要人材を経済補償金最大額を支払って解雇します。最大額をもらっていますので解雇者は労働仲裁や裁判所に提訴し勝訴してもそれ以上もらうことはできません。もっとも解雇取り消し判決を求めることはできるかもしれませんが、アリババのジャック・マーやテンセントのポニー・マーを敵に回すような労働者は皆無でしょう。エクセレントカンパニーの有名人はさておいて、中国は法治国家でなく人治国家と言われています。裏から手を回され自身や家族が理不尽な扱いをされる可能性は否定できません。「(自分の)経済的問題最重要」が価値観の人が多いのは事実だと思います。  荻村が係争を中途半端にしなかったのは、他の社員に対する牽制の意味もありました。ここまで執拗にやられたら「不正を働きばれたら辞めればいい」という考えを抑制できます。  さて、京信深セン販社総経理や次代コーポ中国販社総経理を通じ一体何百人採用したことでしょうか?面接は一千人以上でしょう。「何故今の会社を辞めてうちに入りたいのか?」質問します。ローカル企業に勤めている人は「中国企業は社会保険など法に基づいて払ってくれない。日系企業はその点しっかりしていると認識しているからだ」と多くの人が答えます。「労働法違反なので訴えればいいじゃないか!?」と読者は思うかもしれませんが、恐らく前段落で述べた理不尽な報復が恐くて何もできないのかと想像します。  話は飛躍しますが、採用面接の時「給与はいくらか?」とズバリ聞いてきます。答えると「それは支給額か?手取りか?」とまたしても聞いてきます。「手取りは社会保険料を引いた後の金額か?」などと聞かれても赴任直後...

胡との係争 実話

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 前回「胡商店」事件の説明をいたしました。  チャート図での胡のイラストですが、実物に似たものを選んだ次第です。見るからにやる気がなくいつも気だるそうにしていたおり、まるで「ナマケモノ」のような風体でした。こんな悪事を長年働いていたとは正直驚きました。  拙著では胡を解雇したことを「第四章 酔爺之意不在酒~暴露」でさらりと書きましたが、係争になったという話まではしませんでした。今回その真相をお伝えします。  2018年1月2日、胡を追い込んだ翌々日「有給休暇を消化した後、辞表を出す」と言いました。ここまで追い込まれても有給休暇を消化する、というのは日本人の読者の皆様は驚くと思いますが、ここでは普通です。権利を行使せず流すなどという発想はありません。  しかししばらくすると無断欠勤をした上、後出しで病院の診断書「頸椎ヘルニアにつき1週間の休養を必要とする」を会社に毎週出し続けたことは拙著に綴りました。人事社員が電話し「姑息な手段を使うな」と説得しても「これは労働者の権利だ!」と逆ギレしたそうです。不正を働き義務も果たさないくせに「権利」だけは主張します。  下記に本物の診断書のキャプチャーをお見せします。「疾病病假建议书」と書かれています。「病欠意見書」とでも訳しましょう。診断名は「颈椎间盘突出」つまり頸椎ヘルニアと思いますが、このような症状は大人になればよくあることです。筆者もそう診断されています。  代理店上海ショウキが胡商店から次代コーポ製品を購入した発票を提供してくれたので、それを証憑とし胡を懲戒解雇いたしました。  胡は当然のことながら「労働仲裁」へ駆け込みます。労働仲裁への訴えは簡単にできます。自社製品を不当な手段を用い自分の会社を通じて販売していた、つまり背任行為であり兼業ですし証憑もあります。しかし労働仲裁では次代は敗訴し40万元以上の経済補償金の支払いを命ぜられます。中国で中国人と日系企業が係争し勝てる見込みはまずない、ということは長年の経験の中で学習していました。「半年分の給与で協議辞職の方がよかったのではないか?」という意見もありましたが、不正社員と分かりながら金を払うという前例を作るとやっかいです。マネする輩が出現します。  荻村はすぐさま裁判所に提訴するよう命じます。一審の判決は約一年後の2019年3月6日、労働仲裁の判決を覆し次代コーポが勝...

上海不正事件Ⅰ「胡商店」 チャート図説明

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 今回から挨拶抜きで書き始めますことご了承ください。  拙著にしたためました不正事件は結構複雑で、文章だけだと判りづらいと思われます。今回はチャート図に従って説明していきます。  尚、このチャート図は今年5月に行われた上海華鐘コンサルティングのセミナーでの不正事例紹介のため提供してものです。事例報告②内部統制制度の構築(能瀬徹講師)パートで説明されており、現時点で録画・資料とも視聴可能です。 華鐘コンサルタントグループ (shcs.com.cn)  次代コーポレーションは香港代理店だったエバー社を吸収合併することで中華圏へ本格参入しましたが、エバー社上海販社の一営業員だった胡という人材も移籍してきました。言い方は悪いですがエバー社は一零細商社で知名度はないため採用している社員の学歴は高くありません。彼らは学歴社会の中国において自身の実力で稼いでいくのは容易ではありません。  胡は2012年頃上海営業部マネージャーとして入社した徐の権力を取り込もうと接待攻勢に出たようです。徐はオーストラリアと日本への留学経験があり英語と日本語が堪能です。中国ではいわばエリート候補でもあります。徐も最初のうちは真面目に製品勉強や市場開拓活動をしていた、と古参社員は語っていました。しかし一度甘い汁を吸うと……  徐の入社一年後から胡や徐により代理店への蛮行が始まったようです。中国人通しでも信用し合うには一年かかると言われています。商談決着の理由として中国人はしばしば「関係」と言います。この意味は「一蓮托生の仲」になったかどうかを表していると主人公はある時期から確信するようになりました。要するに不正な利益を享受し、他には絶対にばらさない仲、ということです。キャッシュバックとかアンダーザテーブルとかは業務上横領、背任行為、贈収賄ということは分かっているからです。  このブログで京信の偽物を販売した事例として紹介した福建省代理店FF社総経理も「関係(信用)」を築くために「吃饭,喝酒,唱歌,吃饭,喝酒,唱歌… で金がかかる」、つまり「食事、酒、カラオケの連続接待で金がかかってしょうがない」とこぼしておりました。  前置きが長くなりましたが、胡と徐の不正をチャートに沿って説明いたします。  まず胡は担当する代理店に特別価格を優先的に出してやる見返りとしてキャッシュバックを要求する、という最も単純な...

食は広州にあり

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  みなさん、こんにちは。はやぶさひろです。  主人公が深セン販社を清算し2020年1月何故広州に分公司を設立したかの立地的条件については説明しました。  もうひとつの理由として主人公荻村は広州をことのほか気に入っていました。「食は広州にあり」と言われるように広東料理はそれはもう世界最高峰でしょうし、広州市民は食にうるさく、美味しくないレストランはすぐに淘汰されるほどで、とにかくどの食堂に入っても旨いのです。  「食は広州にあり」は中国語で「食在広州」ですが、これは広州で有名な広東料理老舗「広州酒家」のキャッチフレーズです。  一番上と二番目の写真は2003年12月朝6時半頃だと思います。主にお年寄り層がこの時間から茶を飲みに来ています。飲茶と書いて広東語で「ヤムチャ」です。向かって右側が筆者、左側が次代コーポ深セン責任者として2016年招聘した唐のモデルとなった人物です。 上記2枚 2003年12月同じ店で撮影  下の写真は荻村が既に唐を次代に迎えた後、2018年1月23日筆者と唐のモデルが同じ店でヤムチャしているスナップです。14年も経過していますね。著作では前日1月22日上海営業部長徐との労働契約を解除した翌日です。筆者と写真のこの人材を荻村と唐に投影するのなら、間違いなく昔ながらの気に入った場所で「上海の悪の根源である徐排除の祝いと今後の深セン販社の浄化について打合せ」をしていたことでしょう。 2018年1月同じ店で撮影  下の写真は正に「広州酒家 天河東路店」の外観です。撮影は2019年10月ですが昔から変わらず百福広場の3-4階で営業しています。               2019年10月同じ店の外観撮影  一旦帰国後も関係性を保ち新しい会社でも企業再生に協力してもらえる。国籍を超えた人脈作りは何にもまして重要なことだと感じています。  本日は筆者にとっても重要な日で、思い出深いエピソードをご紹介しました。  下次見!

珠江デルタのカバレッジ

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  みなさん、こんにちは。はやぶさひろです。出先のホテルにチェックインして書いています。  主人公荻村は次代コーポ深セン販社を清算した後の分公司(支社)設立地を広州に決めた理由のひとつとして「珠江デルタ西側の市場開拓もできる」と拙著に記載しました。  地理感のない読者のため地図付きで解説いたしたいと思います。  下の地図は広東省の南側「珠江デルタ経済圏」と言います。真ん中の湾に見られる部分が「珠江」です。江は「大きな川」の扱いです。  荻村が次代コーポ上海へ着任した2015年、深センと香港に販社や事務所はありましたが、広州と東莞にはそれぞれ2名、1名のホームオフィス体制でした。この地図から見ても珠江の西側への訪問営業活動を頻繁にできるはずがなく、もはや「捨て」状態と言えるでしょう。  2002年、荻村が京信深センに赴任時、広東省内には深センと広州に事務所はありました。その後、東莞、佛山、中山へ営業所展開し珠江デルタ全域をカバーできる体制を築いていくのです。  佛山市は当時タイルの生産を地場産業としていましたが、昨今は家電・機械設備産業の集積地となり、また自動車産業も多く進出しました。今後、新エネルギーやスマート産業関連での発展も期待されています。   東莞は一時の勢いはなくなりましたが、深センに進出していた生産工場がレイバーコストを中心に物価高となり東莞へ引っ越す傾向が見られ、また賑わいつつありました。  荻村は2020年1月次代広州分公司を開設後、佛山と東莞にも事務所を設立、佛山方面から通っている広州営業社員2名を週に2回佛山営業所に出勤させる方法で開拓を進めることにいたしました。  東莞は深センの独身営業員を営業所長に昇格し転属してもらいました。給与が上がり家賃は下がったと喜んでいました。深センに家を持っていない外省人の場合、家賃を払うために働いているようなものです。  荻村は深セン販社を清算した後の深セン営業所は敢えてテンセント本社ビルの真前にテナントを借りたのですが、その話は別途いたす予定です。  忙しい総経理としては非常に難しいところですが、人事任せでなく適材適所での配置に気を使っておくと、制度でがんじがらめでない中国では効率かつ効果的な布陣が閃くことがあります。  何より極力現場寄りで仕事をすることが必要です。荻村はマイクロソフト社ビルゲイツの経...

主人公も知らずと中国語口撃をしていた 「不要勉強」(迷宮入りの話)

  みなさん こんにちは。はやぶさひろです。  「听不懂」の三文字での哀情(覚えたての中国語をしゃべり「お前の言ってることは分からない」と迷惑そうな顔をされる)に関し書いてきましたが、実は主人公荻村も長年に渡り真面目な社員に中国語でヘビーなことを言い続けてきました。  その下りは「第八章 一網打尽 ~ミッションコンプリート」原稿には書いていたのですが、がっさり割愛された部分をそのまま掲載してみましょう。この「不要勉強」の逸話を知り合いに話すととても受けるのです。出版版では「丁」という元々次代コーポ深セン販社広州営業所の社員が登場します。2019年12月末深セン販社を清算、2020年1月1日上海販社広州分公司を設立し再雇用した営業員ですが、試用期間中に能力不適合であっさり解雇いたしました。原稿にはその続きがあったのです。 >>  この丁(テイ)はやはりエバー中国からの転籍社員であり、中国語の標準語発音に難がある。昔の香港人のおじさんが話していたような特徴のある訛りだ。 彼は広州の農家に生まれたが、発展に伴い農地が区画整理にあい代替のアパートが増えていった。彼の名義で三軒のアパートを有し、ひとつは自分の住まい、二つは貸しており生活に困ることはない。その昔別の事業を担当していた森下が深圳出張時、広州中日ビルシステムに訪問した際、営業担当の彼はTシャツ、短パン、サンダルで顧客での待ち合わせに来たそうだ。 荻村は『丁(テイ)は単なるパシリで技術営業などとても無理だ』と確信していたので、冗談っぽく、しかし本心で話してみた。 「経済的に余裕があるだろうから、こんな安給料で毎日働かなくてよいのではないか?」 「そうですが、仕事をしていないと世間体が悪いので」 と嬉しそうに語った。  嫌みが通じていなかった。中国には独特な嫌みというか排他的な言い回しがあり、かつての経験でとても悪いことをした記憶がまた蘇ってきた。   荻村は中国赴任早々から現地社員に対し日本人として優しさや公平さを振る舞おうとしていた。 終業チャイムが鳴ったら速攻で席を立ち帰宅する社員がほとんどの中、珍しく遅くまで仕事をしている人材もいる。 筆者はそういう人たちに『不要勉强,快回家吧』、『勉強』は日本の漢字と少し違うが意味は全く違い『無理をする』ということなので、...

「听不懂」の逆襲

  こんにちは。はやぶさひろです。22年8月7日の投稿では「引きこもりを誘発する恐怖の三文字『听不懂』(ティンブドン)」というテーマで書きました。「お前の言ってる中国語は聞き取れない」というこの言葉に痛めつけられた数多くの日本人の恨みを込め笑、駐在人生後半の筆者は逆襲に出るのです。少しご紹介しましょう。    広西チワン族自治区の桂林へ出張した時のことです。  宿泊したホテルでは何かの大きな会議が開催されているようです。大企業のなのか業界のなのか政府系なのかは覚えておりません。ホテルの朝食は中華丸テーブルのところも結構あり、今回も隣で若い女性が朝食を食べながら私に質問をしてきます。  「你是哪个单位的?」、つまり「どこの会社だ?」とか「どこの所属(組織や機関)か?」等の意味になります。私もその会議に参加している客だと思ったのでしょう。私はすかさず「听不懂」と言い返します。  その女性はもの凄く嫌そうな顔をして「あー!?」(あは濁音に聞こえます)、と私を睨みます。私を中国人だと思っているので「どこの所属ですか?」が聞き取れないはずがなく「ふざけてるのか!馬鹿にしてるのか!」という感じでしょう。  「我不是中国人,是日本人」、つまり「私は中国人ではなく日本人だ」と言うと「あん」と納得し後は無視です。「失礼」とか「ごめんなさい」「おじゃましました」はありません。  もう一つご紹介しておきましょう。  著者は駐在後半、妻が帯同しておりましたので、一緒に歩いたり交通機関に乗ることも多かったのですが、何故かよく道とか尋ねられるのです。例えば地下鉄に乗ったとしましょう。少しお上りさんのような人から「この電車は**駅に行きますか?」とか聞いてきます。基本遠慮というものはないので、さくっと聞いてきます。  やはり「听不懂」と答えると先ほどの若い女性と似たような怪訝な反応をします。「俺は中国人じゃない」と言うと納得はします。  妻は「分かってくるくせに意地悪やな」と著者を責めますが、何十回も何百回も言われて落ち込んできた全駐在員関係者の恨みを込めております笑  皆さんも声をかけられたら「听不懂」と言ってみてはいかがでしょうか?しかし発音を誤ると逆に「听不懂」と再逆襲されてしまうかもしれません。ご注意を!    ではまたお会いしましょう!

荻村が大切にしてきた四字成語の一つ「宠辱不惊」

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 みなさん、 こんにちは。「俺のミッション 中国ビジネス三都物語」の著者はやぶさひろです。  前回、権威主義の管理者に関する話題がでました。今回はそれを嫌っていた荻村が大切にしてきた中国四字成語のひとつをご紹介します。  写真は荻村が上海を後任の水谷に任せ、その年末に決行予定の「深セン販社清算/広州分公司(支社)設立」に備え広州に引っ越ししてきた際の執務室の様子です。最大10名収納の小さいオフィスなので総経理室もこじんまりさせました。  背後に飾ってある額をご覧ください。簡体文字で書くと「宠辱不惊」ですが書道の場合、繁体文字を使うことが多いので「寵辱不驚」と右から書かれています。寵愛(ちょうあい)の寵で中国語では寵物(宠物)と書くとペットという意味で、寵(宠)だけなら正に「寵愛する」ということになります。これは荻村の知り合いの書道家(兼医学部の教授)に書いていただきました。  「寵辱不驚」は中国成語であり辞書によると「栄誉や恥辱に動じない/人の評判に左右されない」とありますが、荻村は「地位が上がっても偉そうにするな」と置換えて考えていましたし、中国人部下に「俺にはそう見えるんだよ」と言うと「確かにそういう意味もありますね」とのことでした。  既に紹介したアイリーン・シャピロの「勇気ある経営」の「管理者とは責任が能力を超えた人をいう…」の他にも「人間は地位が上がるほど無能になる」と嘆いた人(著名な経営学者かコンサルタントでしたか)もいます。誰だか忘れましたが、その言葉は妙に納得できるものがありました。荻村はもともと実家の電気屋家業を継ぎ平々凡々と過ごす人生と思っていたのに、業界no1の京信深セン販社トップになり、その時に思うものがあったのでしょう。  荻村は京信素材入社後、通信制社会人大学で経営学士号を取得しますが、その第一の目的が第三勢力の心理学者「マズロー」の論理を現代マネジメントに適応する研究をしたかったからです。  マズローは「ユーサイキアン」という造語を編み出しました。「ユートピア」と「サイコロジー」の合わせ技で、「心理的に健康な理想郷」とでも訳せるでしょう。人間が健康に自己成長を果たすには、それに見合った環境が不可欠としました。そして彼の最も有名な論は「欲求五段階論」で最上を「自己実現」といたしましたが、実はその上があったことに晩年気づいたりしたそうです。...

迷宮入りの話「ビンチーブーッ」

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  みなさん、こんにちは。はやぶさひろです。  今回も「俺のミッション」迷宮入りのストーリーをお伝えします。筆者としては訴えたかった部分でしたが、出版社から早々にカットされました。その事情は後から書きましょう。  第一章「贼喊捉贼」の最後「懲罰委員会」にて阿部という当時の荻村の上司で京信中国販社トップが登場します。荻村が決死の覚悟で華東営業トップ2の不正を暴き、減俸という懲戒処分に追い込みましたが、荻村もまた「お前さんにも事を大きくしたことに対し口頭注意処分を言い渡す」と理不尽な処罰をされました。その前には「会議室では煙草を吸わないでください」と直訴しましたが、酷い形相で睨まれていたのです。その上司の名前を「阿部」とした理由を示唆するべく原稿に仕組んでおりました。阿部は中国語読みで「アブー」となります。 >> 荻村は阿部(アブー)に会うと必ず2002年深圳赴任当時のことを思い出していた。 同行した社員が街中のビルの方を指し『ビンチーブーッ』と嬉しそうに叫んでいた。何のことか分からない。彼が指している方向を見ると歌手『浜崎あゆみ』の大きなポスターが貼られている。中国でも人気があるのか? しかし『ブーッ』とは何だ?そうか『浜崎歩』と書かせているんだな。『歩』は中国語では確かに『ブーッ』だ。イメージ的に荻村にはザ・ドリフターズのドジ系人気キャラ『高木ブー』しか思い浮かばなかった。 現地社員が阿部の名前を『アブーッ』と呼ぶたびに、でかい身体でおどおどした高木ブーキャラと小柄なのに常に偉そうな態度を取っていた阿部(アブー)を重ねさせて心の中で笑っていた。 >> 出典  浜崎あゆみの写真はアルバム「Days/GREEN」のジャケットから  世の中には「自身が偉くなりたい」「権力を握りたい」という願望に凝り固まった人も多いものですが、そういう人が組織のトップに立つとこのブログ「執筆の目的 その5~指導者が運命を変える」に書きましたように、その船(組織)の行き着く先は「恐怖政治・パワハラの海賊船で船員達は皆イエスマンになるか精神障害を発症してしまう」という危険性があります。  やっかいなことはこのような欲求を持った人は、それを手に入れるために尋常でないパワーを発揮することができます。ですので要職に就く要件を備えているとも言えます。  主人公荻村の京信中国トップは...

迷宮入りの話 「俺よりスイカの命」

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  みなさん、こんにちは。はやぶさひろです。  今回は原稿から削除した部分をそのまま掲載します。この内容は結構気に入っていたのですが、ハラハラ読み進めている読者がずっこけるといけないので、という理由でカットすることになりました。ちょうど上海の魑魅魍魎と闘っていて精神安定剤を飲みながら、という描写のところですね。安定剤服用は怒りやイライラを押さえる目的もありましたが、報復が恐かったというのが正直な気持ちでした。 >> 荻村は、通勤時間帯大量に人が待っている横断報道の信号で、偶然を装いヒットマンに後ろから押されることが怖かった。なぜなら疑似体験をしていたからだ。 ある夕方、会社から出て歩道を歩いていると、突然背中に背負っているバックパックを捕まれ後ろに放り投げられた感覚に見舞われた。まるでターミネータに襲われたように力が強く、全く防御もできない状況で、吹っ飛ばされながらアスファルトの地面が近づいてくるのが分かった。 (やられた! ヒットマンだ! 頭蓋骨がぱっかり割れる! 即死か、それとも植物人間か?)   ハッと気づくと仰向けで倒れており、バックパックが何かに挟まって立ち上がれない状態だった。 (気を失っていたのはどのくらいだろう) 実際は数秒だったが、荻村には死の淵からの生還に等しい永遠にも等しい時間だった。 バックパックを外し何とか立ち上がると、自分の下には電動バイクが横転している。 (ケータリングで運んでいるお兄さんのだ) 電動バイクのハンドルが荻村のバックパックの取っ手に入り込み、バイクを巻き込むように背中から横転したように見えた。荻村はバイクの上に背中から倒れ、しかもいつもパンパンにふくれたバックを背負っていたため、激しい転倒でも頭を地面に打ち付けることは回避できたのだ。ただし腰骨はかなりのダメージを受け、内出血も相当なものだった。  人だかりができたが、助けてくれる人は誰もいない。 (これが中国だ) 親切心で病人や怪我人を助け、病院に連れて行ったとしよう。金がなければ治療してくれないので、連れて行った人が支払わせられるかもしれない。それどころか、怪我人が助けてくれた人を指し「この人に殴られた」ということもあるようなのだ。  辛くも立ち上がった荻村に、ぼそりと教えてくれる男がいた。 「おい、バイクのあいつ、お前より先にスイカを救出して...

日本語と中国語 発音の違い~対照言語学的解釈(学習者向け)

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  みなさん、こんにちは。はやぶさひろです。  前回、日本人駐在員や帯同家族がプチ引きこもり状態になる恐怖の言葉「听不懂」(听は聴、懂は「わかる/理解する」という意味)について紹介しました。  今回はその延長線上で日本語と中国語の発音上の違いを少し説明したいと思います。ご興味のない方は飛ばしてください。  性格によるのですが、しっかり勉強はしていないが街中や飲み屋で聴いて学んだ中国語でペラペラしゃべっている人も結構います。逆にしっかり勉強しないうちは使わないタイプもいます。主人公荻村は後者のタイプです。前者は出張者からはペラペラに見られるのですが、しっかり学習した人からすると実は酷い中国語で何を言っているか?分からないケースが多いのです。会社の同僚は「あんたの中国語は分からない(つまり听不懂)」とは言ってくれません。  多い誤りは音声学上の違いを理解しないで、日本語と同じ発音をしてしまうことです。対立する点が違うことを知り差を付けないとネイティブに聞き取ることはできません。例えば子音「b/p」の違いですが、日本語は「b」は「有声音」、「p」は「無声音」、ひらがなやカタカナで書くと濁音(ば/バ)と半濁音(ぱ/パ)ですが、音声学的には声帯振動があるか、ないかという違いです。  中国語の「b/p」の対立は全く違います。「b」は無気音(中国語では「不送気音」)、「p」は「有気音(中国語では「送気音」)」という違いとなります。例えば母音として「o」と付けたとしましょう。「bo」は息を吐かないでボーとした感じで「ぼー」、「po」は「ぽーっ!」と息を吐き出した後に「ぉ」の母音を付加するイメージです。息が吐かれたか吐かれてないで判断しているのです。  主人公の荻村はずっと単身赴任だったようですが、筆者は後半5年間位妻が帯同していました。1年だけですが大学の留学生コースで中国語の勉強もしました。一緒に日本へ一時帰国したとき、空姐(CAです)が「你要喝什么?」と聞いてきます。中国語らしくストレートな表現です。直訳すると「あなたは何が飲みたいか?」となります。(日本語で「あなたは何を飲みたいですか?」とCAに聞かれたら面食らいますが!) 妻は覚えたての中国語で「シュェイ」と答えました。「水ください」と言いたかったのです。すると逆にCAが面食らい「えっ!」と凍り付きました。何故でし...

引きこもりを誘発する恐怖の三文字「听不懂」

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  みなさん、こんにちは。はやぶさひろです。  前回はカルチャーショックやリエントリーショックについて紹介いたしました。今回は結構多くの日本人駐在員や帯同家族が出不精(プチ引きこもり状態)になることがありますが、それを誘発するある中国語の逸話をお話しします。恐怖です!  主人公荻村が香港から羅湖(ルォフー)駅に降り立ち隣接する深セン駅を探し出した話は拙著に簡単に書きましたが、実際はもっともっと苦労したのです。深セン駅は中国語だと「深圳站」と書きピンイン(発音記号)では「shen1zhen4zhan4」となり三文字とも巻き舌音なので初学者には到底発音できないのです。日本語にはない発声方法です。荻村は覚え立ての中国語で「深圳站在哪里?(深セン駅はどこですか?)」とすれ違う3名に尋ねてみたのですが、全員同じ反応です。「あーっ?听不懂你的话」と言い放ち迷惑そうに去って行きます。「听」は日本漢字の「聴」、「懂」は「理解する」という意味でカタカナだと「ティンブドン」か「ティンブトン」と聞こえます。  「听不懂」とは直訳すると「聴いた結果、理解できない」つまり「なにを言っているのか分からない」という意味となります。「你的话」は「あなたの言ってること」です。日本人が外国人から日本語らしき言葉で話しかけられた場合、「え、何と言われましたか?」と一生懸命聴こうとする人がほとんどだと思うのですが、彼らはその一言で迷惑そうに立ち去ります。ちなみに「あーっ」の「あ」には濁点が付いているようなドスの利いた響きがあります。  「ちょっと聞き取れないんですけど」と遠慮がちに返答されることの多い日本人にとって「あーっ、听不懂你的话」という直接的な否定表現は、かなり衝撃的で心にナイフを突き刺されたようなショックを受けます。「あんたの言ってる中国語はさっぱりわかんねんだよ!」と大いに罵られ見くびられた気持ちになります。ちょうど「ちびまるこ」がショックを受け「ガーン」と暗く固まっているような下の写真状態になります。            出展  https://omocoro.jp/kiji/109730/  駐在員や帯同の奥様も最初は「ハネムーン期」でうきうきと中国語を習い街で使おうとしますが、この「听不懂」に跳ね返されます。タクシーに乗って行き先を言ってもコレ、街で道を聞いてもコレ、デパートや...

カルチャーショック

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  みなさん、こんにちは。はやぶさひろです。  前回は主人公荻村赴任時のプチノイローゼについてご説明しました。関連している事項なので今回と次回はカルチャーショックや異文化適応に関するある推論と、多くの日本人がショックを受けプチ引きこもりになる中国語三文字についてお伝えしましょう。  異文化に飛び込んだ人はまず「ハネムーン期」を迎えることになります。厳密にいいますとその前に少しの不安期はあると思います。主人公の荻村が初赴任直後、香港から羅湖(ルォフー)駅に降り立った際の「ソニーの腕時計」ショックや「深セン駅はどこなんだ?」と焦ったとき等がこれに当たると思います。その後、通訳の張と対面でき安堵感に浸ったら、HONDAのバイクじゃなくてHAODA(好大)だったり、マクドナルドが麦当労だったり新しいものを見て「うきうき」した気分になるものです。人によりますが日本で辞令をもらってしばらくすると目がうっとりと輝いている人も結構いました。まるで恋をしているような目つきです。「ハネムーン期」とはよく言ったものです。異文化接触での興奮状態、期待に胸膨らませている状態と言えます。  次に「ショック期(不適応期)」といわれる所謂「カルチャーショック」に陥ります。異文化接触での興奮が収まり、うまくいかない状況に悩んだり期待が焦燥感に変わったりとか落ち込み状態となります。研究によると多文化地域に移動してから一年位がピークの場合が多い、と聞きました。主人公荻村は日本人一人での法人設立というミッションをこなしていましたが、言語も文化も飲み込めない中、うまくいかない事ばかりか、上海の同僚に騙されたりしていましたので、結構早い時期から深セン販社事業が無事立ち上がり債務超過の危機を脱するくらいまで1.5年位続いたようです。  人によるのですが、ハネムーン期しか経験していない人もいるような気がします。性格によるのか?あまり難しい仕事や交渉はしてこなかったのか?(失言)は分かりません。  ショック期の後、回復期→適応期と進んでいきますが、面白いのは日本に帰国後、どうも日本の文化になじめない、違和感を感じることがあると気づきます。荻村も子会社社長として出向までの3ヶ月を過ごした事業部勤務が苦痛だったのです。仕事にダイナミズムがないし、意見を戦わせることもない、こんなことに嫌気を覚えることになります。...

異国でのプチノイローゼと多文化共生

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 みなさん、こんにちは。はやぶさひろです。  前回の投稿で主人公荻村は赴任当時プチノイローゼに陥っていたことを暴露しましたが、今回はその状況を詳しくお伝えしたいと思います。  荻村の京信深センへの赴任直後のことです。外国人が正規の就業許可を取りzビザから居留許可を取得するまで約2ヶ月かかりました。これはその時の政府対応の厳しさによりますが、現在でもその位かかると聞いています。この間、パスポートが手元にありませんので、帰国どころか出張も外泊もできません。中国では飛行機国内便も高速鉄道もホテル宿泊も全てパスポートの提示が必要です。友人宅に泊まる場合も厳密に言うと管轄の公安?にて仮居住許可を得なければなりません。  本部の上海で他の日本人駐在員と会うこともできず、深センで日本人一人の荻村は2ヶ月近く経つとプチノイローゼのような状態になっていました。出納係で日本語通訳を申し出てくれた張が「法人化するなら私を財務担当にさせてください!学校にも行って勉強します!」と頼もしいことを言ってくれるので荻村も「育てよう」と考えました。法人化されたときの財務諸表のシミュレーションを指導しながら作っておりましたが、張に減価償却費を理解させるのに丸2日かかりました汗 張は日本語の発音はきれいなのですが実は日常会話程度しかできず、専門的な日本語は聞き取れないのです。確かに会計音痴の日本人に有形固定資産や減価償却費のP/L、B/S、C/Fへの反映を理解させるのも難しいので、日本語中級の外国人に教えるのは至難の業と言えるかもしれません。この2日間で脳みそがかなり疲弊しもう少しでパニックになりそうだったようです。  会社からアパートへ戻るのが19時から20時、1時間から1時間半中国語の勉強をして21時頃アパートの建物に入った日本料理屋で定食をつまみに大量に酒を飲み、シャワーを浴びてまたウイスキー等を飲んで泥酔しないと眠れないのです。12時に寝てもアルコールの醒める夜中の2時か3時に目も覚め朝までうとうと状態が続きます。会社には行けるので鬱ではないのでしょうが、新しいことをしよう!という気力が沸かない、このように少し危ない状況でした。  そんな荻村のリラックス時間は毎週土曜日午後、一部の社員達と卓球をしてその後ビールを飲むことでしたが、いかんせん会話は中国語、しかもマネジメントの不公正について荻村に分...

究極の責任転嫁

  みなさん こんにちは。はやぶさひろです。  拙著では第六章「我不知道(私は知らない)」というタイトルで責任転嫁の文化につい訴求しました。第五章「答非所問」でも触れましたが、無錫代理店事件の時、とても仕事ができ信頼している受注業務部門リーダーの王に「不正があるので出荷するな」と指示したにもかかわらず特別価格品を大量に受注契約してしまいました汗 「出荷するなとは言われましたが、受注するなとは言われませんでした」とケロリと言い訳される世界です。日常茶万事のことで毎日何回も遭遇しますので、いちいち気にしていると神経が参ってしまうでしょう。  本日はこの究極の責任転嫁の世界でのエピソードを二件ご紹介しましょう。  荻村は深センへの赴任後二ヶ月も経つとプチノイローゼ状態に陥っておりました。そのことは別途したためたいと思います。その後少しずつ日本人の知り合いが増えてきて、夜日本人と酒を飲み日本語をしゃべるのが唯一無二の楽しい時間となりました。  ある金曜日の夜でしたが、日頃あまり行かない日本料理屋で3名で会食したときのことです。ビールで乾杯の後、日本酒の一升瓶をボトルで入れてロックで飲むことが多かったのですが、その時も一本日本酒を頼みました。当時「美少年」か「辛丹波」という一升瓶がよく流通していて日本料理屋に置いてありましたが、製造元は日本ではありません。ロックグラスに並々注ぎ「じゃ、もう一回乾杯!」と誰からもなく語りかけ、一口飲んだ瞬間、「まずっ!」と吐き出しました。よく見ると日本酒は透明ではなく黄色く濁っているようです。  「ママを呼んでくれ!」と小姐(その頃はウエートレスをこう呼んでいました。「しゃおじえ」と発音します。侮辱的な意味を含むとして2005年頃から「服務員」と言われるようになりました)に依頼しました。  「ママ、この日本酒黄色いよ!」  「えっ!」(少し沈黙後)「あっ!電気(電灯のこと)が黄色いからそれが映っているんだよ!」と叫びました。他の小姐にも促すように  「みんな、そうだよねー?!」と賛同を求めました。小姐達は一斉に  「対!(その通りです!)」と返答します。  「そんな訳ねーだろー!飲んでみろ!」と新しいグラスに注ぎ飲ませ「どうだヘンな味だろう!(もう言い訳できねーぞ)」と問いました。するとまた少しの沈黙後  「分からないよ(我不知道)!私...

銀行の店舗にいる不思議な両替屋

 みなさん、こんにちは。はやぶさひろです。  前回偽札の件を紹介しました。今回は海外送金や両替屋のことを書いてみましょう。  主人公が京信深セン赴任当時、中国銀行からなかなか給与を引き出せなかったのは、USドルで振り込まれており人民元に両替していなかったからです。そこで「把一千美金换成人民币(千USドルを人民元に両替してください)」が一番最初に覚えた中国語文節だった逸話も紹介しました。ちなみに中国語を学んでいる方は「把構文」としてもこの文節を参考願います。補語(この場合「成」)を使って意図的に他の物へ変える表現の場合、元の物に「把」を付けて動詞の前に持ってきます。動詞の「換」と結果補語の「成」はセットなので切り離すことはできません。口語の場合「把ba3」がかなり強く長く聞こえます。  この頃、何故USドルで給与をもらっていたかというと、京信深センオフィスの親会社は京信香港法人でありUSドルを簡単に扱えるという事情もあったでしょうが、当時は人民元の信用が低く駐在員としても余分な人民元は持ちたくなかったのだと思われます。確かに日本で人民元を日本円に換えると交換レートはかなり低くなります。中国で交換して持ち帰った方がマシという感じでした。  しかし2000年代後半以降中国の経済は大発展し、駐在員への現地給は人民元払いが普通になってきたと思われます。普通に生活してれば余りますので一時帰国時に持ち帰りますが、少しでもロスを減らしたいのは人間の心情です。  2010年代後半筆者もまず銀行へ行きUSドルに交換して日本へ持ち帰ろうとしましたが、外貨流失規制が厳しくなっており「外国人は一日500元しか両替できない法律になった」と言われ、親切にも銀行窓口から次のアドバイスをもらいました。「中国人民ならその規制がゆるい(年間5万USドル)ので、中国人の友人や部下に依頼して、その人の権利内でUSドルへの両替をしてもらったらどうか?」 しかし中国の部下に借りを作るのも、いくら交換したかバラされるのも嫌なので断りました。すると次は「ここの口座から日本の銀行口座への送金を試してみるか?」との提案です。  送金するために「会社の営業許可書/社員であることの証明書/給与証明書/納税証明書/パスポート等々」大量の書類を持ってこい、というのです。人事総務に依頼して揃え再度銀行へ持って行ったところ色々チェ...

銀行のATMから出てきたものとその結末

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  みなさん、こんにちは。はやぶさひろです。  4月25日FM西東京の「ほんの森」という番組に生出演した時にもお話しした内容です。   (497) 【中国ビジネス】2022年4月25日放送「ほんの森」 - YouTube  2005年末頃と記憶しています。その頃は偽札が本当に多く出回っていて、日本からの出張者が空港の両替場で換えたら100元札10枚中6枚までが偽札だったとか、タクシー料金を支払うのに100元札を出すと「これ少し切れてるから違う100元札はないか?」と返してくるのですが、既に偽札にすり替えられておるのです。そしておつりも偽物なので踏んだり蹴ったりです。この手の詐欺ですが、中国人は偽物かどうか見て触れば簡単に判断できるので外国人が狙われます。  著者が銀行に設置してあるATMで1,000元下ろしましたら、3枚偽札が混ざっていました。すぐさま銀行の窓口に「おたくのATMから偽札が出てきた。交換してくれ」とクレームを付けました。すると……  「偽札は没収します」  「はっ!おたくのATMから出てきたんだぞ」  「法律で没収と決まっています」  「だからあそこのATMから出てきたんだ!」  「私は知りません。法律ですから……」  ふざけるな!と叫びながら3枚の偽札を取り返してその場から去りました。銀行窓口は普通の表情で追いかけてくることもしませんでした。著者はその時既に偽札8枚ほどコレクションしておりました。しかし腹の虫が治まりません。「ATMから偽札が出てきたということは偽札かどうか判別するセンサの性能が悪いということだ。つまり入金も可能なはずだ」と思いつきコレクションしていた8枚をそのATMに何度も何度も入金手続きしてみました。結局3枚通過でき自分の口座に預金できました。今回は元を取ったということになります。  もしかしたらこれは犯罪でしょうか泣 出てきたものを返しただけなので善良な市民ということにしてください。  日本だったら窓口に持って行った時点で大騒ぎになり、警察も来るでしょう。出金記録から偽札が出たと判明すれば正規の札を返金する、というところまでちゃんとするでしょう。  昨今の中国はウイチャットペイやアリペイというスマホアプリでの決済が主流です。道端系の店でも使えます。日本でもpaypay等が急速に発展してよいことだと思います。紙幣や硬貨を...