狭心症の患者にそこまでの検査をするか!
緊急医療の書き込みに読者のアクセスが多いので、主題の狭心症検査のことを書きたいと思います。
荻村は次代コーポの中国に赴任して1ヶ月も経たないうちに異変に気づきます。
まず寝ているとき深夜ですが、何か鉄板のようなもので胸を圧迫されているような苦しさを覚えます。
朝起きて地下鉄の階段を上がっていると、今度は息が上がり胸の辺りが苦しくなります。
極めつけは週末卓球をしたらマラソンで最後全力疾走したかのように呼吸ができなくなり、それこそ「ゼーゼー」するのが精一杯の状況になりました。幸い休んでいたら回復できました。
(これは明らかに異常だ)
荻村は翌週月曜日日本語のできるクリニックに行き診察を受けます。ちょうど心臓外科が専門という日本人医師が診てくれました。
「症状を聞く限り十中八九の確率で『労作性狭心症』を疑います。心拍数が上がると苦しくなります。ここでは検査できませんので紹介する病院で必要な検査を受けてください」
数日後朝、その指定の総合病院へ行きます。クリニックの通訳が待っているはずですが結局30分遅刻してきました。
「すみません、荻村さんと○○さん、いらっしゃいますか?タクシーが拾えず遅くなりました」
荻村より十歳位年上の○○さんも同時対応だったのでしょうが、
「何時だと思ってるんだ!私は忙しいんだ!検査はもういい!帰る!」と立ち去ってしまいました。
(自分の命と30分とどっちが大切なのか?日本人らしいな) 荻村は心で呟きます。
いくつかの検査をこなしましたが、最後はトレッドミル検査(運動負荷検査)です。要するにランナーマシーンの上で走りながら心電図をとるヤツですね。
医師の労作性狭心症の診断が正しければこれで結果が分かると思われます。
開始して間もなく苦しくなってきました。操作している女性のスタッフに
「痛苦!痛苦!停一下!(苦しい!苦しい!止めてくれ!)」と叫びます。
女性スタッフはモニターを覗き込みます。
「まだ心拍数が規定の150回/分に達していないので止められません」平然と言います。
(だめだ、このままでは心臓発作で死ぬ)
荻村は、両手を両側の手すりにかけたまま足の動きを止め死んだふりをしました。足はぶらりと後ろに流れました。
そこでようやくマシーンを止め医師を呼びデーターを見せます。
「おい!もう異常波形が出ているじゃないか!」医師は操作スタッフを叱責しますが、荻村には謝らず毅然とした態度を取ります。
「見解書を書いてクリニックへ渡します」
ここでスタッフの目的は『病気の診断ではなく、規定通りの操作』です。言われていないことはしない。荻村はもはや分かってはいます。
しかし何度も言いますが、本末転倒はお笑いの中だけにして欲しい。
(きっと熟睡している患者を看護師が無理矢理起こしてこう言うのだろうな。「今何時だと思っているんですか?睡眠薬を飲む時間ですよ。起きなさい!」と)泣
今回訴えたいことはこの本末転倒の対応なのですが、狭心症治療の続きも記しておきましょう。
クリニックに戻り診断を受けるとやはり労作性狭心症の心電図所見です。
「こっちでステント挿入術をしますか?私はこちらでできませんが、病院の紹介はできます」
「絶対に嫌です」即断で断りました。
その時、まだ中国に赴任したばかりでパスポートが手元にありませんでした。居留許可が取れる時期を逆算し、日本の病院や飛行機を予約、確か3週間後位に一時帰国し検査することにしました。
上海の日本人医師から「アイトロール」と「ニトログリセリン」などを処方されました。アイトロールは冠動脈だけでなく身体全体の血管が広がるので、脳の血管が膨らみ神経に触れ「ズッキーーン」という頭痛が1日何回も起こります。
「薬を万一飲み忘れたり、持参し忘れて外出したらどうしましょう?」
「重篤な状態ということを理解してください。そのようなことがあってはなりません!」と叱責されます。
日本では右手首からカテーテルを入れて動画を撮りました。結果は「99%狭窄」です泣 いつ発作で死んでもおかしくなかったと汗
下記映像から冠動脈の詰まりをご確認ください。現物です汗
その医師が提携している総合病院で、最短2週間後にステント挿入術が受けられるとのこと、とんぼ帰りしなければなりませんが命には変えられません。
2週間後に再び帰国、2泊3日の入院でした。
ステント挿入の処置室で妻の恵子がこれ見よがしに医師に言います。
「先生、この症状って絶対お酒の影響がありますよね?」
「奥さん、お気持ちは分かりますが、狭心症とアルコールの関係は医学的には解明されていません」
荻村はベッドの上で思わず
「ざまーみろ!」と勝ち誇ったように言い放ちます。
カテーテルの挿入はこんなに速く突っ込んで血管が破れないのか?と心配するほどのスピードです。右肩を通って冠動脈の患部まで届きます。一旦風船のようなもので詰まったプラークを押しのけるそうですが、その際血管が完全に詰まるので、狭心症の発作のような鈍痛がきました。
ステントの挿入もあっという間です。血管内部には神経がないので何も感じません。
術後の止血は大変です。4-5時間とても強く手首内側を押さえつけられるので、手はみるみるうちに紫色になりパンパンに腫れてきます。左腕でipadの操作をして何とかダウンロードした映画を2本ほど見て過ごしました。
夕食時には両手開放されましたが、夕食の少ないこと。荻村の食は細い方ですが全く足りません。動かないのでカロリーを押さえているのでしょうか?消灯時間後一階のコンビニで何か食べたことを思い出しました。残念ながらビールは置いていませんでした。
術後で大変だったのは、プラビックスという飲み薬です。
ステントが血管の内側に突き刺さっているため、通常の状態だと血小板が傷口を修復するためにかさぶたを作ります。これでまた詰まってしまうそうです。よって血小板の生成を押さえ込む薬のようです。一年間飲み続けるそうです。
「その間、怪我をして血が出ると止まりません。注意してください」と念を押されます。
荻村の場合、鼻血が止まらなかったり、どこかにぶつけて内出血がひどかったり、乾燥した肌を寝ている内に引っ掻いてシーツが血だらけになったりしました。
でも、副作用で酷かったのは「口内炎」です。これも言われておりましたが、これほど酷いとは想像以上でした。口の中に常に3つ以上は同時にできていました。
毎晩の晩酌は激痛に絶えながらでした汗 正に地獄泣
荻村は次代コーポで上海に赴任するずっと以前、もう25年も前から、心臓付近や背中、歯、頭が同時に重く苦しい発作のような症状が時々ありました。25年前だったら開胸バイパス手術が必要だったのではないでしょうか。
現在はMRIでも運良く分かるときもあるそうですし、完璧を求めるなら荻村が受けたようなカテーテルで造影剤を入れての撮影検査になりますが、このような症状がある方は検査する勇気を持たれた方がよいと思います。
長々と読んでいただき、ありがとうございます。
再見!
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