円錐六十号~円錐角膜のお話
筆者のこととしてご紹介します。
「円錐六十号」とは筆者の中山大学付属病院眼科での患者番号です。診察券に書かれています。
まず言いたいことは、「診察券に病名を書くな!」ということであります。
「円錐」とは「円錐角膜」という病気の訳で、円錐角膜とは何らかの要因で角膜表皮が薄くなり眼圧に負けて角膜が飛び出してしまう奇病で思春期の時に発症すると言われています。「六十号」とは日本語なら「60番」なので、当眼科創業以来この病気で診察を受けた患者は60名しかいない、ということです。程度によるでしょうが男性は6,500名に一名、女性はその3分の1という統計もあるそうです。
https://kompas.hosp.keio.ac.jp/sp/contents/000588.html
筆者も例外なく17歳の時、夏休み読書をしている際にふと左目をつぶったら何も見えていないことに気付きすぐに眼科へ行きました。看護婦さんがまず検査しましたが、何故見えていないのか分からず、医師がレンズを覗くと「円錐角膜だ!」と叫び看護婦さんに「よく見てみろ!」と指示したことを今更ながら思い出します。
右が特に酷いのですが左も少し飛び出している、とのことでした。
円錐と言えばかっこいい形が思い浮かびますが、英語でnipple eyeと呼ばれることもあるように乳首を想像した方が正解かもしれません。不正乱視が酷く夜間家の窓から遠くの車のライトを見たら目の前で花火大会が開かれているような感じです。ある意味幻想的な風景ですが、文字の認識はできません。
原因は不明と言われていましたが、筆者は小学校二年生から花粉症が発症、当時は結膜炎と診断されましたが、死ぬほど痒くて毎年春になると角膜をかきむしっていました。アトピー性皮膚炎の人にも多いと聞いているので、その原因もひとつだと思われます。
発症当時はハードコンタクトレンズで飛び出た部分を押さえ込むことで、かなり改善できたのですが、飛び出た部分を押さえ込むので傷ができ、当時のハードコンタクトは酸素無透過なので傷の回復が進まない、という悪循環で年々見えなくなってくるのが自覚できました。
筆者は日本国内でも転勤族だったので、各地で検査に行きますと開業医がよく大学病院を紹介してくれます。せっかくなので有給休暇を取りはるばる出向くのですが、確固たる治療法がない中、はっきり言って研修医の臨床モルモットになることが目的でしょう。医師の後、次から次へと若い研修医が出てきて「あっ!本当だ!」と目を輝かせて長時間見ている輩もいます。目をレンズで拡大して診るときは強い光を当てられるのでとても眩しく長時間は辛いのです。「金よこせ」と言いたい気分でした。
筆者は中国赴任前、コンタクトレンズを新調します。そのメーカーの規格(カーブとか大きさとか)が筆者の角膜の歪みに合うものがなく、二週間すると傷が付いてしまう、という状況に陥りました。現在は円錐角膜専用のレンズ(例えばローズK)があります。
https://www.menicon.co.jp/campaign/rose_kt/
半年位してでしょうか?二人目の通訳が「中山大学病院の眼科は有名ですから行ってみましょう」と提案してくれましたが正直期待感はゼロでした。しかし藁をも掴む気持ちとでも言いましょうか?従うことにしました。
中山大学眼科外来はもの凄い人です。眼科だけでなく大学病院や総合病院の外来はいつも長蛇の列ができているのです。医師の写真や経歴が貼ってあり著名度が高い医師の診察料は高くなります。金さえあれば患者が選べるのです。
円錐角膜を得意とする医師かもしれません。女性の医師が診てくれ今のコンタクトは全然合っていないので特注で作り直せ、と言いました。二週間位で出来上がりました。日本円で1万円位だったと記憶しています。特注にしては安いという印象を受けました。早速装着すると違和感が全然ありません。しかも従来に増してよく見えます。
日本への一時帰国時、念のため赴任前にレンズを新調した眼科医に行き診てもらいました。「うわっ!中国の先生うまいな-!」と驚きました。(あんたが下手くそなんじゃないのか?)と思いましたが黙っていました。
中山大学病院眼科の定期検査の時、「日本の医師が『中国の先生うまい!』と言っていた」と通訳から伝えてもらうと、周りにいた患者や看護婦達がドッと笑いました。女医は自信ありげにフッと笑うに過ぎませんでした。
円錐角膜の治療はハードコンタクトか、それでも矯正できなければ角膜移植しかありませんでした。しかし日本ではなかなかそのチャンスは訪れません。円錐角膜の移植は角膜三層全て使うので敬遠されるそうです。著者は2007年頃、中国で角膜移植をしようと思い対応しているという大学病院へ行きました。中国はドナーが多いようです。しかし「外国人はお断り」と拒否されました。理由は分かりません。
著者は一旦帰国後の2009年位にみなとみらいの眼科で角膜リング挿入術を施してもらいました。医学は日進月歩で進歩するでしょうから年に何回か「円錐角膜 治療」と検索エンジンで調べていました。角膜リングはアメリカで開発され日本で承認されたばかりでした。角膜内にリングを二つ挿入しその張力で飛び出た角膜を平坦化するのだと思います。0.02程度だった裸眼視力が0.06位まで改善しました。半年間後、角膜形状が安定してから円錐角膜専用コンタクトレンズを作ります。
それから13年、角膜の摩耗などにより更に少しずつ見えなくなっていき、メガネでの矯正視力はマイナス25度のレンズで0.15が精一杯でした。ハードレンズを入れると簡単に傷が付くようになり卓球するのも苦しい状況です。
4ヶ月前通りすがりの眼科医に入り「卓球がしづらいのであと僅かでも見えるようになりませんか?」と相談します。若い看護婦は「え、卓球?」とクスリと笑います。(笑うな)と言いたい気持ちを抑えて続けます。
「あと0.05だけでもいいんですが」
「分かりませんが試してみますか?」
筆者はてっきり円錐角膜専用のハードレンズを新調するのかと思いきや、マイナス16度の2weeks用のソフトレンズの装着を勧めてきます。
「seedのこれがちょうど寸法的に合いそうです」
「ソフトでマイナス16度なんてあったんですか?マイナス10度が最高と思ってました」
「流石にマイナス16度のテストレンズを使うのはそうありません。5年前に一度あったかな。在庫あるか見てきます」
結局マイナス16度のレンズで0.2の視力が出て、「これほど見えたのは久しぶりです」と言うと医師も喜びながら「白内障の手術もしたら0.3位まで見えるのではないか?」とのことです。
「角膜リングが入ったまま白内障の手術できるのですか?」
「それは分かりません」
やはり面倒くさそうですね汗
円錐角膜という奇病を持った人とはこれまで三名しか合ったことがありません。一旦帰任した2008年事業所の洗面所でコンタクトを外していました。
「はやぶささんはハードコンタクトですか?」
「そうです。ハードでしか矯正できないんです」
「私もなんです」
「円錐ですか?」
「円錐です」
「生まれて初めて会いました。今晩一杯いかがですか?」
こんな感じでした。周りで聞いていた人にはサッパリ分からないでしょう。その人は女性だったのでその上司も誘い三人で一献することになります。
その他は代理店さんの中国駐在員一名、最終顧客の技術者一名でした。
長くなりました。
医学は進んでいきます。持病をお持ちの場合でも新しい治療法が出てくる可能性があります。時々チェックいたしましょう。
次回は独禁法に関する逸話をお届け予定です。
再見!
コメント
コメントを投稿