香港の王さんの会社と代理店契約

  昨日ご紹介した香港の王さんについてですが、彼の経営するH光行という商社と代理店契約を結ぶことになったいきさつなどをお伝えいたします。

 2002年終わり頃だったと思います。

 当時、京信深圳事務所(まだ京信香港の一営業所だった頃)、深圳営業部長だったRZが二人の香港人を連れてきました。

 「Orimuraさん、彼らは香港H光行の王兄弟です。

  今、当社の正規の代理店ではありませんが、いずれ代理店になりたいと望んでいます。」

と紹介しました。荻村は香港営業も管轄していたからです。

 その当時、信頼できる側近の数名を除き極度の中国人不審に陥っていた荻村は

 (代理店にした見返りにRZが金でももらうのだろう)

そう本気で考えていました。80%以上怪しいと信じていました。

 その場で王兄は次のように語り帰って行きました。

 「今日は表敬訪問で、又改めて機会を見つけてお会いしましょう。」

 翌年2003年、深圳販社もでき何とか製品入荷、債務超過や資金問題を解消できた頃、退社したRZに替わり京信台湾からレンタルした深圳営業部長WJが言いました。

 「香港のH光行から連絡あり、一度香港の会社まで来ないか、とのことです。」

 「あー、あの兄弟のところか。乗り気はしないが…… そうだな、現場に行ったらちゃんとやっているか分かるし、断る理由も見つかるかもな。」

 荻村はマイクロソフト社ビル・ゲイツのスローガンでもあった『Management by Walking about』に偉く感心しており、重要な決定には必ず現場に出向くことにしていました。

 台湾人部長WJと香港九龍にあるH光行へ到着しました。多分テナントで事務所と倉庫を借りているのだと思います。それほど大きくありません。

 総経理の王兄が迎えてくれます。

 入り口に小さなショーケースがあり、京信製品を中心にピカピカに輝いているデモ機が目につきました。

 「ほこりひとつかかっていないじゃないか?」

 「ええ、私が毎朝拭いていますから」

 王兄は普通な顔で言いました。通常はアーイー(お手伝いさん)でしょうが、サンプルまでピカピカなのは日本でも見たことありません。

 次に総経理執務室に招いてくれます。

 デスクの上に京信の総合カタログが第1版から最新版まで10数冊ずらりと並んでいます。

 (第1版は初めて見たな!)

 荻村も驚きました。

 最近のものは中国語版でしたが、以前のものは日本語版です。しかも全てボロボロになるまで使い込んでいるのが分かります。

 「これはあなたが使っていたのですか?」

 「そうですよ。

  私は中学を卒業して御社正規代理店のH美行へ就職(でっち奉公)しました。

  顧客の問い合わせに答えるため、日本語のカタログを毎日調べていました。」

 その時点で荻村はムラムラとミッションを感じます。

 (代理店にせねばならない!)

 更に王兄は続けます。

  「そのうちH美行オーナーの娘と大恋愛し猛反対を受けましたが、駆け落ちしH光行として1990年に独立しました。」

 H美行というのは元々京信香港の圧倒的に取扱量の多い代理店です。オーナーは女性です。香港の地の利で世界の華僑へブツを提供していたこともあり、かなりの取扱量がありましたが、その優位性も低くなり売上げも低下した背景があります。

 中学を卒業し、と聞き取れましたが、中国では日本で言う小学校は小学、中学は初中、高校は高中なので、高校卒業だったのだろうな、と後から気づきました。

 「高卒後H美行で働きながら資金捻出し弟は大学を出した。銀行に勤めていたが、今はH光行で働いてもらっている」

 実家は裕福ではなかったと想像できます。

 次に事務所内にある倉庫へ案内してくれました。

 京信製品が多くあります。

 「これは○○という客へ、こっちは△△という客へ配達します。」

 「顧客まで分かっているんですか?」

 「ええ、受発注状況は全部確認してますし、ほとんど私が開拓した客ですから。」

平然と言います。

 「是非、うちの代理店になってください。正式には2004年4月からではいかがでしょうか?」

 荻村は興奮がこらえられずフライングしてしまいました。

 夕方、王弟も合流し食事をしました。その人は先日ご紹介した王さんです。

 H光行は今後の商売の主戦場である深圳への法人設立を企てます。そのキーとなるのは京信と深圳でも代理店契約できるかです。

 もちろん荻村はこう答えます。

 「信頼しているし期待しています。」

 深圳H光行は2005年1月設立、その4月から京信深圳の正規代理店となりました。

 代理店経由で顧客へ販売するメーカーにとって代理店の選択は非常に重要です。

 残念ながら既に既得権益に縛られて新陳代謝できないメーカーも多いと思いますが、将来を考えたとき、荒治療が必要な場合もあります。

 拙著「俺のミッション」やこのブログで、社員と一蓮托生で不当な利益を貪っている代理店を一刀両断に契約解除し、新たな販路も作っていった事例をご参照ください。

 

 王兄は2013年7月2日ご病気で他界されました。

 ずっと海外でリタイア生活を送っていたと聞いていましたが、香港の病院で闘病生活をしていたそうです。

 奇しくも亡くなった翌日、7月3日に深圳H光行を訪れて王弟に聞かされました。

 その晩、ホテルのラウンジで一人ワインを飲みながら涙が止めどなく流れたことを思い出します。


 以下、思い出の写真をご紹介します。

 ↓2004年京信東莞営業所開所式 赤ペイントで顔を隠した二人が王兄弟。いつも二人ペアでした。

 H光行社には2005年1月深圳、9月東莞進出を見据えて参加してもらっています。

 ↓2005年正月早々、香港の鯉魚門(レイユゥモン)で。家族が遊びに来た時。アワビを食べてますな!王兄弟に連れて行ってもらいました。

 ↓3時頃にはペニンシュラホテルでアフタヌーンティー。予約できないので王弟が我々を観光に連れて行っている間、王兄が列に並んで席を取ってくれます。

 ↓香港のあるお寺で記念撮影。向かって左から二人目が王兄。その左が大恋愛したという奥様。私より3つ上ですが、いつも手をつないで歩いていました。

 

 日本でも中国でも代理店施策は重要です。

 荻村が中国にいる間、京信日本は代理店施策を大失敗したようです。(大失敗と認めたかどうかは知りませんが)

 愛の鞭はよいかもしれませんが、心がないものは全て失敗します。

 権力者の詭弁に対抗できる人がいないのも問題です。

 日本社会の縮図ですな。

 既得権益によってがんじがらめとなっている……

 「おかしいのではないか?」

と感じたら、もっと深く考えてみましょう。

 「戦略的失敗は戦術的努力では補えない」 のです。


 ではまたお会いしましょう。再見!

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