矛盾だらけの組織制度Ⅲ~退職時の誓約書

  拙著「俺のミッション 中国ビジネス三都物語」原稿の最後の最後に書いておりましたが、蛇足的になってしまうので削除した内容です。

 前回の投稿は主人公荻村の帰国時のことでしたが、かろうじて香港空港のキャセイパシフィック航空ラウンジで落ち着きを取り戻したとき、本社人事マネージャーから電話がかかってきたのです。

 「荻村さん、本社人事のMです。短い間でしたが中国販社をよくしてくださってありがとうございました」

 (そんな礼を言うためにわざわざ国際電話を?)

 続きがありました。

 「今、メール見られますか?4月末でご退職されるに当たり、ご自宅で2週間隔離後、できるだけ早く出社され手続きをお願いしたいのです。
  その際、添付した『退職時誓約書』にサインをしてお持ちいただきたいのです。」

 荻村は会社PCを既にwi-fiにつないでいましたので、人事Mからのメールを開き誓約書を確認します。

 「業績/財務/人事などの機密データーの返還や悪用しないこと。」

は当然のことでしょう。

 しかしながら

 「退職後2年間、貴社(次代コーポ)と競合する製品の取引に係わらない。」
 「秘密情報について私に帰属する一切の権利を貴社に譲渡する。」

 この項目には敏感に反応しました。

 荻村は退職後はこの業界に止まるつもりは毛頭なく、言語と卓球に関する活動をのんびりしていこうと考えておりましたが、本質的に重要な原理が潜んでいることに関しては、極度に反因襲的になる傾向があります。

 ここで因襲的とは辞書によると次の意味となります。

 「昔からのしきたりだけを尊重し、進歩的、改革的な考え方を認めない状態、傾向である様。」

 荻村は9割どころか99%位の会社員が因襲的ではないかと考えていました。

 (矛盾に気づかせてやらないと後進や会社のためにもならない。)

と考えてしまう思考の癖があります。

 「この誓約書には到底サインできませんね。」

 「えっ?何故ですか?」

 「分からないのですか?憲法にも次代コーポの企業理念にも反しますからね。」

 「いやいや、そんな大げさな。これはただの儀式みたいなものですよ。それにこれまでサインを否定した人は一人もいません。」

 (99%でなく100%が因襲的な社員だったのか!?)

 「だから日本はダメになるんですよ。中国にもアメリカにもこんな自分にデメリットしかない契約書にサインするバカは一人もいませんよ。」

 「ここは日本ですから……。」

 荻村はこいつを話しても時間の無駄だ、と思い隔離明けの出社を約束し電話を切ります。

 ここで法的観点を整理しておきましょう。
 中学の社会で習ったと思いますが、憲法で「基本的人権」が保障されています。
 自由権の中に「職業選択の自由」があります。

 「秘密情報の帰属」については最後の方に記述します。重要な含みのある表現です。
 
 「何人も公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」

 特例として商法で取締役が退職した場合、2年間の競業避止義務が発生いたしますが、荻村は取締役ではありませんでした。
 「俺のミッション」では京信を退職した際、競業避止義務を締結させられたと書きましたが、それは早期退職金が上乗せされたからです。次の職業の選択肢を狭まれたことに対する経済的補償が見返りとしてあった、ということです。

 憲法だけではありません。
 次代コーポだけではありませんが、多くの上場企業の企業理念として

 「人権尊重」
 「人を大切にする」

などが堂々を謳われております。

 通常会社員が転職をする際、自分の経験を活かすものですし、キャリア入社を採用する側としても、経験者を求む傾向があると考えられます。
 この誓約書にサインをすると、全く未知の分野への転職しかできないということになります。
 仮に次代コーポの代理店に転職したとしましょう。
 次代の代理店は一般的に競合の京信の他、顧客のニーズに応じて様々なメーカー製品を取り扱っています。
 つまり退職者は自社代理店へも転職できない、という結果になります。

 これは経済的弱者である退職者への陰湿な虐めに匹敵します。
 これまで社員として働いて、それなりに貢献をしているはずなのに、このような仕打ちをしてよいのでしょうか?

 本来労使対等のはずの労働契約でなければなりませんが、日本の場合、圧倒的に会社側が優越的な立場にあります。これもNoと言えない要因だと思います。


 次に誓約書で二件目に引っかかった部分です。

 「秘密情報について私に帰属する一切の権利を貴社に譲渡し、その権利が私に帰属する旨の主張をいたしません。」

 これはどういう意味だかお分かりでしょうか?

 恐らく特許とか技術的なアイデアのことを会社は想定していると考えられます。
 この条項を認めてしまうと、特許などについても全て「職務著作」として会社の知的財産となり、青色LEDを開発したDr.中村のような訴えを起こすことも難しくなると思います。

 中村氏の係争結果はご存じでしょうか?
 地裁では中村氏に200億円支払うよう判決が出ました。つまり特許権の多くの割合が中村氏に帰属する、という意味だと思います。
 結局、高裁での8.4億円の支払いという結審となりましたが、特許について産業財産権の一部は発明・開発した従業員に帰属する、ということが支持された判例です。

 荻村は技術系社員ではありませんが、本質的に物事を考え課題解決型の仕事をしてきましたので、多くの資料を残しておりました。
 戦略とか社員教育とか不正解明とか様々なものがあります。
 これらは産業財産ではありませんが、立派な「著作物」であり創作者に著作権が与えられます。
 ちなみにこのブログは著者はやぶさひろに著作権があります。

 誓約書にある「秘密情報」を拡大解釈すれば、それは荻村が策定した戦略上の資料も含まれるでしょう。
 これほどの苦労を重ねて創造してきたものを紙切れ一枚で根こそぎ奪い取ろうとする、横暴でなければ詐欺師と言わねばなりません。


 隔離明け後、荻村は出社したときに文面を以て誓約書サイン拒否を通告します。
 それを知ったある役員は

 「出さないと懲戒解雇になってしまいますよ」

と冗談ぽく呟きましたが、これは不当労働行為ではないでしょうか?

 「恫喝」
 「パワハラ」

に該当すると思われます。

 経営者が誓約書を点検しているはずもありませんが、時代とともに経営環境が変わっていることに制度が追従できていないよい例だと思われます。

 荻村が京信に入社した1980代中盤では、セクハラ、パワハラ、オフィスでの禁煙など当たり前の時代でした。
 2000年初旬くらいからでしょうか?CSR(企業の社会的責任)とかコンプライアンス(法例重視)、受動喫煙防止、男女雇用機会均等とか環境が激変しています。
 良いことだと思います。

 全ての制度を見直すべきです。

 会社はHPなどでよいことばかり書きますが、次代コーポの場合、中途採用者が短期で辞める傾向がありますのは、この矛盾が大きいのではないかと考える次第です。
 幸い荻村は中国で組織改革に狂奔しており、日本勤務者の悲哀とは別の次元で戦っておりました。

 本件の結末ですが、人事マネージャーが妙に納得し荻村の提案を受入れ誓約書改訂を約束しました。

 「不当な方法を以て次代コーポに損害を与えることはいたしません。」

 以上で十分でしょう。
 不当競争防止法という法律が存在するのですから。

 皆さん、契約書の中身も見ないでサインするのは止めた方がよろしいですよ!

ではまたお会いいたしましょう!再見!

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