麗老師という人~文革や性格など
麗老師からの厳格な指導により、中国語での直接コミュニケーション力や中国ビジネス適合能力が少しずつ高まっていった荻村です。
そんな麗老師から思いがけない本心を聞くことになりました。
文化大革命のことです。
麗老師は中国語の大学教師、旦那様は英語の教師や翻訳家をしているそうです。
いわゆる「知識人」です。
「文化」というのは「教養」の意味もあり、
「没有文化的人」
というのは、
「教養のないヤツ」
の意味になると思います。
麗老師夫妻は紅衛兵により迫害を受け、夫婦別々の農村に下放させられることになったそうです。
何と10年もの間、夫婦ばらばらで一度も会えなかったとのこと。
麗老師は
「暗黒の時代であり、***を恨んでいる」
と批判していました。
治外法権である荻村の部屋だから言えたのでしょう。
文化大革命について知りたい方は、「大地の子 作者:山崎豊子」の本かドラマを見られるとよいでしょう。
この小説は同時に「残留孤児」についても深く考えさせてくれるでしょう。
麗老師は晴れて旦那さんと一緒に暮らせるようになり、中山大学教師へ復権。
定年退職後は大学(国)から家をもらい、家庭教師をしながら社交ダンスなどをたしなみ、幸せに暮らしているとのことです。
ちょっとお節介(世話好き)で、荻村の家へよく果物のスターフルーツとか、北京風の麺を差し入れてくれました。
中国語の発音がよくなるようにと
「鄧麗君(テレサテン)の歌を唄え」
とCDを買ってきたくれたこともあります。
テレサテンは台湾人ですが、中国語の発音は非常に綺麗だ、というのが理由です。
確かに母語でない日本語で唄っているより数段美しい歌声です。
荻村は毎回、自主的に作文を書き添削してもらっていました。
お陰で中国語で書いてのコミュニケーションに違和感がなくなってきました。極端にいうと日本語を書くスピードと大差なくなっていました。
文書にすると中国語は日本語の半分の文字数になり、また、言いさしやどっちつかずのような表現が少ないので、仕事のことに関しては日本語より速く読める場合もありました。
さて、2004年初旬、1988年オリンピック卓球女子シングルス金メダリスト「陳静」さんが、広州天河区の運動公園内で卓球場をオープンしたというので、週末時々行くようになりました。
京信広州営業所や広州の日本人顧客で卓球好きが複数名いて、よく集っていたのです。
2度目に行ったとき、オーナーである陳静さんがおり、社員が
「日本人の老板(トップ)が卓球好きで陳静さんのファンなので、一緒に打ってくれ」
と相変わらず遠慮もなく依頼しました。
その際の感動を文章にしたためて麗老師の授業で提出したら
「これは面白い!新聞社に投稿しよう!」
ということになったのです。
「羊城晩報」という広州では非常に有名な夕刊です。
↓出ました!

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