珠江デルタのカバレッジ

  みなさん、こんにちは。はやぶさひろです。出先のホテルにチェックインして書いています。

 主人公荻村は次代コーポ深セン販社を清算した後の分公司(支社)設立地を広州に決めた理由のひとつとして「珠江デルタ西側の市場開拓もできる」と拙著に記載しました。

 地理感のない読者のため地図付きで解説いたしたいと思います。


 下の地図は広東省の南側「珠江デルタ経済圏」と言います。真ん中の湾に見られる部分が「珠江」です。江は「大きな川」の扱いです。

 荻村が次代コーポ上海へ着任した2015年、深センと香港に販社や事務所はありましたが、広州と東莞にはそれぞれ2名、1名のホームオフィス体制でした。この地図から見ても珠江の西側への訪問営業活動を頻繁にできるはずがなく、もはや「捨て」状態と言えるでしょう。


 2002年、荻村が京信深センに赴任時、広東省内には深センと広州に事務所はありました。その後、東莞、佛山、中山へ営業所展開し珠江デルタ全域をカバーできる体制を築いていくのです。

 佛山市は当時タイルの生産を地場産業としていましたが、昨今は家電・機械設備産業の集積地となり、また自動車産業も多く進出しました。今後、新エネルギーやスマート産業関連での発展も期待されています。 

 東莞は一時の勢いはなくなりましたが、深センに進出していた生産工場がレイバーコストを中心に物価高となり東莞へ引っ越す傾向が見られ、また賑わいつつありました。

 荻村は2020年1月次代広州分公司を開設後、佛山と東莞にも事務所を設立、佛山方面から通っている広州営業社員2名を週に2回佛山営業所に出勤させる方法で開拓を進めることにいたしました。

 東莞は深センの独身営業員を営業所長に昇格し転属してもらいました。給与が上がり家賃は下がったと喜んでいました。深センに家を持っていない外省人の場合、家賃を払うために働いているようなものです。

 荻村は深セン販社を清算した後の深セン営業所は敢えてテンセント本社ビルの真前にテナントを借りたのですが、その話は別途いたす予定です。

 忙しい総経理としては非常に難しいところですが、人事任せでなく適材適所での配置に気を使っておくと、制度でがんじがらめでない中国では効率かつ効果的な布陣が閃くことがあります。

 何より極力現場寄りで仕事をすることが必要です。荻村はマイクロソフト社ビルゲイツの経営ポリシー「management by walking about」も座右の銘としていたのです。

 中国でこれを阻害するのはやはり言語です。直接コミュニケーションが取れないと本当のことが見えてこない、ことに尽きるでしょう。


 次代コーポの広州/深セン新オフィスのお話は自宅に帰宅後(1W後)に書く予定です。

 再見!!

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